第40話

 健太は簡易ベッドを折りたたんで三人が座るスペースを作った。


「叔父さん。どうしてここに?」


 タロウは尋ねる、それから嘴を開いた。


「私は旅の途中、ぶらりと立ち寄ってみただけだ。いや、それだけではない。兄に、頼まれてこれを持ってきた」


 タロウが純金のキューブを取り出した。


「あ、ありがとうございます」


 健太は驚きをのみこんで、小さな金塊を受け取った。驚いたのは、それが取りだされた場所だった。タロウは背中に腕を回し、甲羅の下に手を突っ込んで、そこから小さな金塊を取り出したのだ。甲羅はポケットのような機能を有しているらしい。


 文房具を入れている小さな引き出しに金塊をしまうと、冷蔵庫の冷たい麦茶をだした。


「あ、叔父さんはお茶気おさけのほうが良かったよね」


 アムロが冷蔵庫から缶ビールを出してタロウの前に置いた。


「アムロは気が利くな。人間は好きになれないが、人間が作るビールは最高だよ」


 タロウはそう言うと「ガァガァガァ」と声を立てて笑った。まるでガマガエルの声だ。


「叔父さんが来てくれて助かった」


「ああ、タイミングが良かったな。昼間は遠慮したのだ。カッパが増えたと大騒ぎになっては困るからなぁ。それで夜更けに来てみたらこの始末だ」


「犯人はどんな奴だったのかな?」


「アムロたちを運び出していたのは四人組だった。そいつらが袋を外に運び出すと、三人の男が木陰から飛び出して撃退した。そこに、別の男たちが、一人、二人と参戦し、殴り合いを続けていたよ。まあ、マンガのような展開だったな。私は、人間たちのなぐり合いが決着するのを待って、最後の二人組を撃退しただけだ。あいつら、何者だね?」


 タロウは、誘拐事件に遭遇した経緯を土産話のように楽しく語った。


「さあ?……ボクは知らないよ。健太は?」


「僕だって知らないよ」


 どこかの国のインテリジェンスのエージェントだろう。……見当はついたが具体的なところは分からない。それでアムロも口にしなかったのだろう。


「警察に届けても犯人を逮捕するのは無理だろうな。拉致の証拠は山ほどあるが、おそらく相手を特定できるものはない。保護を求めることはできるだろうが、人間はともかくカッパは無理だな」


 タロウがアムロに目をやった。


「コマツさんの具合はどうですか?」


「それは、唐突な質問だな」


「そうですか?」


「今の状況なら、拉致に対する対策を検討するのが適切な対応だと思うがね」


 タロウはビールをのどに流し込んだ。


「なるほど。その通りですね」


 健太は恥ずかしかった。今回はタロウが居合わせて事なきを得たが、次もそうとは限らない。


「人間は、カッパ族よりも感情が優位するようです」


 アムロが健太を擁護するような言い方をした。


「確かに私の経験でもそうだな。しかし、それも悪くはない。情による結びつきも大切だ。欲得で結びつくより、よほどマシというものだ……」


 そこで太郎が姿勢を正した。


「……アムロ、のなら、一度、国に戻って報告してはどうだ?」


 ?……健太は違和感を覚えたが、聞き流した。


「いいえ、それはまだ早いと思います。せめて、日本政府とコンタクトを取ってから……」


 アムロが悔しそうに言った。


「アムロ。もしかしたらおまえは……」


 アムロが手のひらでタロウを制した。


「まだ言わないでほしい。何れ話すつもりです」


 アムロの視線が、一瞬だけ健太を捕らえた。


 健太は何のことか分からず、アムロとタロウの顔を交互に見た。カッパ族のことだろうから仕方がないと思うけれど、ひとり、仲間外れにされたようで面白くない。


「何のことだい?」


 あえて尋ねた。


「ん……」アムロが考えるしぐさをした。「……もう少し人間を観察しておきたいということだよ」


「そうだ。コマツのことだったな」


 タロウが取ってつけたように言い、それから空になった缶を差し出した。


「ビールをもう少しもらえるかな?」


「もちろん、いいですよ」


 健太はあわてて立った。タロウの視線がその背中を追う。


「コマツだが。彼は元気にしているよ。……まあ、病気だが元気だ。あれは、当分死にそうにないな。ガァガァガァ……」


 タロウが笑った。


「良かったね」


 健太はアムロに目を向けた。コクリとうなずくアムロ。その姿に違和感を覚えたが、その原因は分からなかった。


 健太は、朝方までタロウの旅の話を面白く聞いた。コマツが哲学者然としていたのに対し、タロウは旅人、風来坊だ。実際に今も世界中を旅して面白いものを探しているらしい。それで人間の世界にも度々足を踏み入れ、生の情報と風俗に通じていた。


 彼は明治維新のころ、坂本竜馬さかもとりょうま西郷隆盛さいごうたかもりと議論したものだ、と楽しげに語った。それがどこまで本当で、どこからが冗談なのか分からない。でも、それはそれでいいと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る