第39話

 健太とアムロは手足を縛られ、口には粘着テープを張られて別々の袋に押し込まれた。


 袋の中で健太は観念していた。相手は複数で、しかもこの暗闇の中でスムーズに組織的な行動ができるのだ。犯人は訓練された熟練者に違いない。闇雲に抵抗したところで結果は目に見えている。

 脱出のチャンスは少ないだろう。だからこそ敵の情報を集め、チャンスを待つことだ。そう冷静に考えていた時、詰め込まれた布袋が持ち上げられた。


 ゆらゆらと袋が揺れる。犯人の背中に背負われているようだ。その一定の揺れが袋を運ぶ者の足運びであり、不規則な揺れは段差や曲がり角を通過したタイミングだ。


 健太は揺れから、自分の居場所を推理した。おそらく建物を出て、駐車場への段差を降りたのだろう。不規則な大きめの揺れを感じた。


 その時だ。浮遊感を覚えた。直後、尻と背中に激しい痛みを覚え、肺の中の空気が一気に鼻から押し出された。


 落下したのに違いなかった。ウッと呻いたが、声は口をふさいだ粘着テープに遮られた。代わりに鼻がムフッと鳴った。


 窒息するかと思ったけれど、瞬間、肺の中に膨大な空気が逆流した。そうして健太の身体は地面に転がり、頭を地面に打って止まった。……なんて乱暴な奴らだ!


 ――ズン――


 それは肉がへこむ鈍い音だった。健太の肉ではない。


 ――ガッ――


 それは骨と骨がぶつかる固い音だ。


 ――ヅッ――


 それは靴が地面を擦る音のようだ。


 袋の外から聞こえるただならぬ物音が、事態の複雑さを想像させた。


 ――ズン――


 ――ズン――


 ――ガッ――


 ――ヅッ――


 ――ガッ――


 ――ヅザッ――


 人々がなぐり合うような鈍い音と、人が倒れる音。


「アウチ……」何者かの声。


 ――ガッ――


 ――ヅン――


 ――トトトトト――


 誰も声を殺し、武器も使用せずに戦っているのだろう。走り去る足音が敗れた者たちのものだとすれば、どれだけ多くの人間がこの戦いに参戦しているのか?……想像もできない。


「逃げるな……」


 仲間割れか?……健太は耳を澄ます。


 ――ガッ――


 ――ヅッ――


 ――ズン――


 ――トトトトト――


 永遠に続くのではないかと思われた無言の戦いも、いつの間にか終わったようだ。


 ――……――


 やがて訪れた静寂。……遠くを走る車のエンジン音とホトトギスの声が悲しげに聞こえた。


 そして健太とアムロは解放された。袋の中の時は30分もなかったろう。それでも身体のあちこちが痛んだ。


「災難だったな」


 救ってくれた何者かが言った。どことなく外国人のイントネーションに感じられた。


 袋が引き裂かれ、僅かながら景色が見える。そこにはカッパがいた。


「大丈夫か?」


 一瞬、アムロかと思ったが声が違う。アムロよりもとても太い声だった。


 健太は首を縦に振った。それから、決して大丈夫ではない、と思った。落ちた時に打った腰と頭はズキズキと痛んでいた。


 目の前のカッパが手足のロープを解いてくれた。口の粘着テープは自分ではがした。


 そこは予想通りアパートの駐車場で、たった一つの外灯が世界をモノクロに見せていた。


「……うん。気持ちよく寝ていたのにね」


 アムロは、拉致されたことではなく、眠りを妨げられたことに気分を害しているようだ。


「グァハハハ」


 救ってくれたカッパが笑う。


「ありがとうございます」


 健太は痛む腰を押さえて立ち上がった。


「いや。余計なことをしたのかもしれない。私はタロウ・カッパ・ドーモン。アムロの叔父です」


 自己紹介したタロウが握手を求めた。


 健太はタロウの水掻きのついた手を固く握った。


「とりあえず、部屋に戻ろう」


 アムロに促され、誘拐犯に踏み荒らされた部屋に戻った。


 照明をつけてみると、ベッドは乱れているものの、襲われた痕跡は足跡ひとつ見当たらなかった。誘拐犯がプロの証拠だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る