第37話
アムロの存在が世界中に知れ渡り、カッパがどこで生息しているのかが世界各国の関心事となった。カッパに限らず未知の生物の伝承のある国々では、超音波や電磁波を利用した川底や湖底、海底の空洞調査が始まっていた。今のところ、これといった成果は見られていない。
マスコミに対して隈川の底をかき回すなと指導した日本政府も、問題が国際化した途端に調査をはじめた。消防庁、海上保安庁の潜水士を動員し、隈川、牛久沼、荒川、目久尻川、千曲川、猿猴川、筑後川、球磨川など、カッパ伝説のある全国各地の川と湖沼を探査していたが、カッパの国への入口はもちろんカッパの存在を思わせる何物をも発見できずにいた。
なぜ見つからないのか?
隣国が原爆を保有しているかもしれない。隣人は銃を所持しているかもしれない。伝染病にり患しているかもしれない。目の前の川にカッパが住んでいるかもしれない。……そうした推測は人々を不安にする。
パンデミックを引き起こしたウイルス感染症サーズ、マーズ、ソウザンス、……そうした感染症の発生源はカッパの国ではないのか? そこには大量の変態カッパが住んでいるのではないのか?……そうした書き込みで、世界中のSNSが賑わっていた。それは日本も例外ではない。
「戦術を変えよう……」
アムロは外出し、その姿を世間にさらすと言った。
「それはどうかな?」
常にあるメディアの目、……それだけではない。珍満金以来、強引にアムロを連れ去ろうとする者はいないけれど、様々な機関に監視されていることは分かっていた。その中のどこかの機関が、いつ何時、強硬手段に出ないともかぎらないのだ。
「僕のためならいいんだよ。無理をしないでほしい」
健太は、アムロがその身をさらすことで自分のニュース価値を下げ、波のように繰り返される取材攻勢を削減しようとしているのだと思った。
「ちがうよ。ボクは150ほどの国々にeメールを送った。半分ほどは返信があったけれど、肝心要の日本政府からは無視されている。ボクのようなモノを相手にしないというのが、彼らのプライドなのだろう」
――日本政府はテロリストには屈しない――
ニュースかドラマか覚えてないけれど、そんな話を聞いた記憶があった。
「アムロはテロリストではないよ」
「人類の敵かもしれないよ」
アムロはそう言って、笑みを浮かべた。
その日の午後、気候は真夏だった。天頂で銀色の太陽が燃えていた。
健太はトートバッグを手に、アムロと部屋を出た。
「出たぞ!」「カッパだ!」「写真、写真」「カメラ、回せ」
メディアのスタッフたちの声が、――ウォー……というどよめきになった。
「どうして外に?」「どこに行くのですか?」「カッパ君、コメントを!」「病気が治ったのですか?」「真の目的は何ですか?」「好きな食べ物は?」「お二人の関係は?」「カッパの国は本当にあるのですか?」
健太とアムロは記者とカメラマンに囲まれて、途方もない数の質問をぶつけられた。
「アー……」
アムロが口を開いただけで質問が止んだ。代わりにカメラのシャッター音が降り注いだ。
「……ボクが地上に来た目的はすでに動画にしてアップしてあります。その目的に、裏も表もありません。体調は良好です。カッパ族はもちろん、人類に影響を及ぼすような感染症にはり患していないので……」
アムロは、取材に節度を求め、これからは健太と共に日常的に外出することを報告して囲み取材を終えた。
もちろん、健太と性的な関係にないことも付け加えた。「このボクとどうやって肉体関係が結べるというのです?」そういいながら、ぐるりと回って、身体のどこにも生殖器がないことを示した。
「カッパ族はどうやって繁殖するのです?」
そうした質問が飛ぶのは当然だった。
「それを公開するほど、ボクに露出趣味はありませんよ」
アムロはそうかわして、「さあ、行こうか」と促した。
アパートの影から出ると、アムロの皿が光を浴びてキラキラと輝いた。
健太は、アムロの、いや、カッパの生殖のことを考えながら、並んでスーパーに向かった。
二人の後を多くの記者がついてくる。
健太は時々振り返ったが、アムロは動じなかった。
「放っておくといいよ。すぐに飽きるさ」
スーパーに入ると彼らの一部も何食わぬ顔でついてくる。
「アッ、カッパさんだ」
幼い少女が走り寄ってくる。母親が止めようとしても止まらない。
少女は遠慮も礼儀もなくアムロの腹や嘴をペタペタ触った。
アムロは「こんにちは」と言って笑った。その頬はヒクヒクと痙攣していた。
「写真、撮ってもいいですか?」
最初は止めようとしていた母親が言う。
「どうぞ」
少女とアムロは並んで写真を撮った。少女はⅤサインを作り、アムロは両手を開いた。水掻きのある手のひらは、完璧な〝パー〟だった。
その日のニュースは少女とアムロが並ぶ映像が
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