第36話

 健太は目を閉じたまま、ニュースをチェックするアムロに語りかけた。


「みんな偽物だよ」


「ん?」


 アムロの大きな目が健太に向いた。


「視聴率が高いから番組が指示されていると考える市民がいる。それで視聴率を上げるために視聴率を稼げるタレントばかりがどの局でも顔を出し、食べ歩き番組や無責任なバラエティー番組が作られる。メディアがアムロを取り上げるのも数字をかせぐためだ。誰もアムロの本当のところを見ようとしていない」


「ふむ……」アムロが首を傾げる。


 もうすべてを投げ出したい。……健太は心底、そう思った。


 ほどなく、アムロが嘴を開いた。


「……株価が高いから経済が好調だというビジネスマンがいる。だから経済の好調をアピールするためだけに、国で株を買い支えればいいという政治家がいる。事実、中央銀行や国民の年金の資金で株は買い支えられている。……健太は考えたことがあるかい?……君が支払った年金料を使って、国家が株を買っている。株が上がっているうちはいい。暴落した時、その尻拭いをさせられるのは君たち国民だ」


「……まさか?」


「夢のような話だろう?……だから、経済状況が悪くても株価を下げるわけにはいかない。政治家、あるいは官僚の誰かは、国民に夢を見せ続けるために、あれこれ策をろうして新たな資金をき集め、株式市場に投入していく。。それは受け入れざるを得ないんだよ。……ボクだって、君の夢の一部なのかもしれないんだ。君だけじゃない。多くの人間がみる白日夢だ。……シャワーを使うよ」


 アムロが立った。


「アムロが夢……?」


 頭を上げる。額にコタツ板の跡が残っていた。


 アムロの姿はなかった。バスルームから、シャワーの音がした。




 扉を閉めても安普請のアパートの部屋には、表のざわつきが心の隙をつくように流れ込んでくる。それだけでも息苦しいのに……。


 ――ピンポン、ピンポン、ピンポン――


 ――ドンドン、ドンドン、ドンドン――


「福島さん、福島さん……」


 相も変わらずメディアは健太のコメントを欲しがった。アムロの姿を撮りたがった。


「もう、語ることはないし……」


 ぽつりとつぶやく。何故か、孤独を感じた。


 アムロが夢?……バスルームからシャワーの音はしなかった。不安が募る。「カッパは実在する」と自分に言い聞かせた。


 そうして気づいた。自分は疑っているのだ。声にしたのは、それで現実を実体化させるためだ。……そう、〝言霊ことだま〟だ。


 健太はふらふらと移動して、バスルームのドアの前に腰を下ろした。


「アムロ」


 乾いた喉から言葉を絞り出す。祈るような思いだった。


「何だい?」


 アムロの声はいつもと変わらない。


「僕は、君たちの信頼に値する人間だろうか?」


 扉の向こうから、ちゃぷちゃぷと水の音がした。湯舟に水をはったのだろう。


 ――チャプチャプ、チャプチャプ――


 しばらくしてから返事があった。


「健太がそう考えている時点で、十分信頼に値する存在だよ……」フフフ、とアムロが笑う。「……あまり難しく考えてはいけないよ。考えることは大切だけれど、何よりも時と自然の流れに沿って生きることが大切なのだから」


 言葉が止むと再びちゃぷちゃぷと音がした。


「このまま進めばいいんだね? いつか出口が見えるんだね?」


「無理に進んでも、立ち止まっても、いけない。人間は無理に進みすぎている、とボクは感じるな。急ぎすぎるから放射能をまき散らしてしまうんだ……」


 アムロは言葉を選びながら、ゆっくりと話していた。


「……でもね。カッパ族の中にも、少数だけれど、人間と同じような考え方や生き方をするカッパもいるんだよ」


 ――ピンポン、ピンポン、ピンポン――


 ――ドンドン、ドンドン、ドンドン――


「福島さん、福島さん……」


 激しい要求を、ちゃぷちゃぷという水音が薄めた。


「色々な考え方や生き方があって、それがぶつかり合って、そして良い方向に少しだけ進めばいいんだ。そうしないと多くの生命が共存するなんてことはできないと思うんだ。共存するということは、相手に対して全く無害だということではないんだ。食物ピラミッドは、共存の一つのありかただ。そうして世界は成り立っている。……危険なのは、自分たちだけが正しくて、他の考え方をする命は要らないと考えてしまうことだよ。世界は、自分だけが生き残れるほど単純ではないからね」


 ドアが開き、アムロがバスタオルで体を拭きながら現れた。


「悩むのは、沢山の知識や意志が頭の中でぶつかり合っているからだ。それは自分を客観的に見直している瞬間だし、他人を理解している瞬間だ。それができる人は、信頼できる人だとボクは思う」


 アムロは健太の前を通り過ぎ、冷蔵庫からアイスクリームを取り出してぺろりと舐めた。


「現に、健太はカッパ族の立場を理解してくれた。だからボクが、君のアイスクリームを食べても文句を言わない」


「何か、騙されているような気がするな」


「健太には手紙をすすめられたけれど、eメールを送った。100か国ほどにね。その方が簡単だからね。すでに半分ほど、返信もあった。ボクは着実に進んでいる。君のお陰だよ」


 アムロがにやりと笑った。その時、

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