第33話

 健太がインタビューに応えた日から、アムロがテレビを視るようになっていた。どのように報じられるのか気になるらしい。


 言われてみればそのとおりだけれど、健太は自分の顔や声がテレビから流れるのが嫌だった。映像に映る顔は鏡を見ているように精神を削るし、声は他人のものを聞いているようだ。おまけに話の内容も面白くない。アムロの暮らしぶりやカッパに対する感想を求められるのだけれど、緊張の中、唇からこぼれるのは子供の発言みたいだ。もう少し気の利いたことが言えないものか!……自分に腹が立つ。


 健太は従来通り、1日おきに除染作業の仕事に出ていた。その際は、カーテンをしっかり閉め切り、鍵を掛けて室内を覗かれないように気をつけている。そうして1日おきに、様々なメディアの取材に対応していた。


 その日、健太が玄関先でインタビューを受けていると、大家の冷ややかな視線があった。彼は自宅周辺にマスコミ関係者が屯するのを良く思わず、時折、牽制するように彼らのカメラの前を横切った。健太がアムロを追い出さないのも気に入らないようだ。


「あの大家さんもカッパと言葉を交わしていますよ」


 悪戯心とサービス精神が暴走していた。目の前を横切った大家の背中を指さすと、マスコミは新鮮な情報を求めて大家を取り囲んだ。


 大家は、戸惑いと驚きと喜びの表情を点滅させている。


 健太は、久しぶりマスコミから解放されて穏やかな午後を過ごした。


 夕方のテレビニュースは、相変わらずカッパに関わるものを報じていた。珍満金が金属バットを持ってアムロを追い回す姿を動物虐待と報じ、一方、アムロが珍満金に蹴りを入れた様子を危険な未知の生物として報じた。アムロが核や環境問題を多言語で訴える動画は無視されていた。


「エッ!」


 健太とアムロを驚かせたのは、大家の発言だった。


『××さんとカッパは、愛しあっているのじゃよ。男同士だというのだから恐れ入った』


 ××のところは〝ピー〟という電子音で隠された。しかし、カッパと住んでいるのが福島健太だということは、すでに多くのメディアで報じられていた。


 驚きのあまり、健太はテレビの前でひっくり返ったが、アムロは違った。


「今更ピー音とは恐れ入ったね」


 他人事のように微笑んでいる。


『カッパが実在したというだけで我々は困惑しているのに、そこで同性愛が成立しているとは、考えさせられますね……』


 テレビの中では、コメンテーターたちが人間とカッパの同性愛について真剣に語りあっていた。


 翌日は健太が除染作業に出る日で、健太の生活サイクルを理解しているメディアはやってこない。


 ――ピンポン、ピンポン、ピンポン――


 ところが、早朝からチャイムが鳴った。


「マスコミはこないはずなのに、誰だろう?」


 健太はトーストを食べながら、まだベッドでぐったりしているアムロに目をやった。


 ――ピンポン、ピンポン、ピンポン――


 その音に、アムロの黒い眼玉がぐるりと回った。


「ッタク……」


 食事を中断して玄関に向かう。


 ドアの前にいたのは、日本政府の関係者ではあったけれど、政治家でも官僚でもなかった。警察官を同行した保健所の職員だ。40代、おそらく管理職だろう。少し白髪の混じった彼女がコホンと咳をひとつした。


「こちらで未知の生命体を飼育しているとの情報提供があって確認に来ました」


 彼女はドアの隙間から奥を覗き込もうとする。一方、いつでも逃げだせるように重心が後ろにかかっていた。その背後には、2名の警察官が同じような姿勢でいた。いつでも戦えるように、拳銃のホルスターに手をかけている。


 彼らはアムロを捕まえに来たのだろう。アムロを守らなければ!……瞬時に、覚悟を決めた。


「そんなものはここにはいませんよ」


 アムロは未知の生物ではない。カッパだ。


「テレビ報道で、カッパの話があったはずです」


「カッパが未知の生物ですか?」


「ハイ。カッパです。同棲しているとか?」


「カッパなら、体調が悪くてまだ寝ていますが。……そんなことより、同棲という報道は誤りですよ」


 健太は必死だった。誤解を解かなければならない。


「そうですよね。私は信じていません。カッパだって本物かどうか……」


「カッパは本物、生ものです」


 断言すると、職員は眉根を寄せた。


「それが寝ているのですね? テレビを視た限り攻撃的なようですが、おりに入れていますか? 体調が悪いというのは伝染病か何かではないのですか?」


 寝ていると知ってホッとしたかと思えば、伝染病かもしれないと顔を上気させ、慌ててマスクをかけた。それから姿勢を下げて部屋の奥を覗こうとした。


 健太は身体の位置をずらして彼女の視線を妨げる。


「檻になんて入れませんよ。今はベッドの中です」


「ベッド……!」


 彼女が目を瞬かせた。


 嫌らしいことを想像するな!……無言の抵抗を行った。


「……できたら、様子を確認させてもらえますか? 福島さんだってカッパの病気が感染しているかもしれないのですよ」


「ハァ……」釈然としなかった。彼女の言う通りにしたら、アムロを危険な生物と認めることになるのではないか?


「お願いします。私も職務なので中へ入らせてください。でないと……」


 低姿勢だが、彼女が畳みかけてくる。

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