第32話

〝珍獣バトル、勝つのはどっちだ?〟のディレクターの中目黒は舌打ちを残して去った。それでテレビ局の取材はなくなるかと思われたが、午後、アパートはマスコミに包囲されていた。みな中目黒と同じで、アムロを動物番組で取り上げたいといった者たちだった。例外は、真夏の目玉番組に、妖怪特集を製作しようというスタッフだった。


 ――ピンポン、ピンポン、ピンポン――


 ――ドンドン、ドンドン、ドンドン――


「福島さん、福島さん……」


 性急な呼び出しがあった。そうしてはアムロの体調が悪いと断ると、また別の誰かがドアをたたいた。


 ――ピンポン、ピンポン、ピンポン――


 ――ドンドン、ドンドン、ドンドン――


「福島さん、福島さん……」


「またですか……」それは15度目だった。


 健太は、今回も、早々におかえり願おうと決めていた。


「大日帝国テレビ、報道部の菊名と申します。お宅にカッパがいるという話があるのですが、本当なのでしょうか?」


 顔がキツネに似た中年男性がいた。


「大日帝国テレビ?」


 思わず中年男性の頭からつま先まで見降ろした。髪の量はともかく、目の前の中年男性は髭の剃りのこしが多く、羽織っているのはビニール製のウインドブレーカー、少しくたびれたG-パンにノーブランドのスニーカー……。もしかしたらGパンはくたびれているのではなくヴィンテージなのかもしれないけれど。いずれにしても、同じ会社に勤めているはずなのに、ずいぶん雰囲気が違った。


「あのう……」


 声をかけられて我に返る。


「アッ、すみません。今日は体調が悪いので……」


「なるほど。いるにはいるのですね!」


 彼は気色を浮かべると玄関ドアを開け、外に待機している誰かを手招きした。


「こんにちは!」


 朗らかに挨拶してきたのは美人キャスターだった。


 玄関ドアは開け放ったまま。外のカメラマンがレンズを室内に向けていた。


 菊名はキャスターに耳打ちすると、彼女の横をするりと通り抜けて姿を消した。

彼女が健太にマイクを向ける。


「お宅にカッパがいるという話があるのですが、本当なのでしょうか?」


 ディレクターと同じ質問をしてくるとは人を馬鹿にした話だが、美人の質問で、おまけにカメラを向けられているのだから怒るわけにもいかない。美人だからというのはだと批判されるかもしれないけれど、健太は本能をコントロールできるほど人間ができていない。なんといっても小市民なのだ。


「アッ、すみません。今日は体調が悪いので……」


 健太は、菊名に応えたことと同じことを一言一句違えずに応えた。ディレクターと同じ質問をしてきた美人キャスターへのちょっとした嫌がらせだ。


「カッパは、どこに行ったのですか?」


 キャスターが目を見開き、部屋の奥を覗き込もうとする。


 健太は身体を左右に動かして彼女の視線を妨げた。


「福島さんは、カッパと話すことができるのですか?」


「もちろん」


 答えてしまってから疑問が浮かぶ。彼女は、いや、彼女も、アムロがアップした動画を視ていないのだろう。視ていたら、アムロが日本語、英語、中国語、……様々な言語を話すことを知っているはずだ。


「カッパの来日の目的は、何だと思われますか?」


 やはり彼女は視ていない。……気持ちが、スーと冷めていく。


「彼が動画で語っていた通りですよ。それを視ればアムロが何者か、何のために現れたのかが分かるはずです」


「どのような動画ですか?」


 健太をそれほど落胆させる質問はなかった。


「動画を確認してから、出直してきてください」


 健太は勇気を振り絞り、彼女を玄関から押し出してドアを閉めた。そうしてはじめて、手足が震えているのに気づいた。緊張していたのだ。


「なかなか良かったよ」


 ベッドの中のアムロが微笑んだ、……ように見えた。


 健太は少しだけ手を挙げ、返事の代わりにした。言葉にすれば、声が震えてしまいそうだった。


 冷蔵庫からミネラルウオーターを取り出し、ぐいっとのどに流し込むと少し落ち着いた。


 その後も沢山のマスコミが押しかけてきた。大日帝国テレビのインタビューは受けたではないか、と詰め寄られると断ることができなかった。


 暗くなり、それを理由にインタビューを拒否できた時刻には、健太は疲れ切ってヘロヘロだった。

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