第29話
大家がアドバイスすると言うので、健太とアムロは期待していた。
「コホッ、カッパは相撲で戦うものだよ」
大家が得意げに言った。
伝説では、カッパは子供と相撲を取る。そうして勝つと〝尻子玉〟をぬくのだ。健太は久しぶりに〝尻子玉〟の疑問にぶつかった。アムロはといえば、拍子抜けしたように肩を落としていた。
「もうひとつ……」再び大家が口を開いた。「……福島さん、アパートでペットを飼うのは禁止だよ」
健太とアムロは顔を見合わせる。
「アムロはペットではありませんよ」
「ん?」
大家は、まるで今初めて見つけたかのように、アムロをじろじろと観察した。
「ああ、妖怪だったな。確かに、賃貸借契約には、妖怪を飼ってはいけないとは書いてないか……?」
大家は空を見上げるようにして、顎の下をポリポリ掻いた。
「先ほどは助けていただき、ありがとうございます。大家さんに水をかけてもらえななかったら、今頃どうなっていたか分かりません」
アムロが再び丁寧に礼を言い、深々と頭を下げる。大家とコミュニケーションを取ることで、自分がペットや妖怪などではないことを示そうとしていた。
「いやいや、それほどのことでは……」
大家が応じ、律儀に礼を返した。
「……オウムより上手にしゃべるな。なるほど。妖怪はオウムより賢いか……」
「大家さん、アムロはペットでも妖怪でもありませんよ。僕が飼っているわけでもありません。カッパ族という知的生物です」
「カッパじゃろ。そのくらいは分かる。子供のころは信じていたからなぁ」
今は信じていないのか? 目の前にいるのに!……健太は改めて説明することにした。
「名前はアムロ。私の友達です。人間とカッパ族の親交を築くためにカッパの国から派遣されてきたのです」
大家は真顔で2度3度とうなずいた。
「ほう、それは難しい仕事をされているのですな。それで、いつから住んでいるのかな?」
「かれこれ二週間になるでしょうか……」
「契約では、ここに住めるのは福島さん一人じゃよ」
アムロの存在が認められたのは良かった。それは大家とカッパ族にとって偉大な一歩だ。しかし、大家が、入居者は契約者に限るという契約条項にかたくななのは問題だった。健太は契約違反で立ち退きを迫られかねない。
「一時的な滞在ですから勘弁してください」
健太は拝むようにして懇願した。
「ああ、最近は耳が遠くなった」
大家が紫色の空を見上げる。聞こえない振りをして、契約違反を主張するつもりのようだ。
「福島さんが誰と結婚しようと自由じゃが……」大家はアムロに視線を落とした。「……あまり、趣味は良くないようじゃ」
「大家さん。アムロは女性ではありませんよ」
「ほう。すると男同士か?……」
彼が、ぼけているのか、とぼけているのか、分からない。
「……どっちでもいいが、契約は守ってくださいよ」
「ハァ……」
大家さんの頭の中はどうなっているんだ?……珍に肘打ちされた痛みもあって頭を抱えた。
結局、大家はよたよたと身体を左右に振ってアパートの隣の自宅へ帰った。
「面倒なことになってすまない」
アムロの率直な態度は清々しい。
「アムロのせいじゃないよ。それよりも身体の具合はどうだい?」
「頭と顎のあたりがズキズキと痛む……」
アムロは頭の皿をなでると手に付いた汚れを見た。黒い点々がついている。
「……ボウフラだ」
「洗ってやろう」
アムロを連れてバスルームに入った。
改めてアムロの身体を見ると、皿の上から足の先まで、埃にまみれていた。切傷や内出血の跡は見られないけれど、皿には金属バットの跡が残っている。
「皿を洗うのは、シャンプーと食器用洗剤、どっちがいいのかな?」
「シャンプーでいいよ。食器用洗剤では油が取れすぎて肌が荒れる」
「肌荒れしない食器用洗剤もあるよ」
「へぇ……」
アムロの目がウルウルしていた。
「試してみる?」
「うん」
買い置きの食器用洗剤を使った。【手荒れしない】と箱書きにあるものだ。
洗剤を一滴たらし、手のひらで皿をなでる。金属バットの跡にそっと触って見ると、微妙にへこんでいるような気がした。
「皿がへこんでいるように感じるけれど、医者か陶器店に行ってみるかい?」
「ボクの皿はチタン合金だよ」
「そうだった。すると、板金屋がいいのかな?」
「形状記憶合金だから、間もなく元に戻るよ」
「なるほど。カッパ族の技術もすごいものだね」
安堵し、少しだけ力を入れて皿を洗う。
――キュッキュッ――
アムロの皿はコマーシャルと同じ音がした。
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