第30話
「ああ、気持ち良い」
皿を洗ってやると、アムロがうっとりと声をあげた。
「今までは、そこにあるシャンプーを使っていたけれど、食器用のほうが皿には良い感じだ」
アムロは満足そうだった。
「うん、良く輝いているよ。鏡みたいだ」
皿に自分の顔が映っている。少し歪んでいるけれど……。アムロの中に自分がいるような、不思議な気持ちだった。アムロが女性だったら……。つい、AVにあるような
「健太、念のために注意しておきます」
アムロが改まった言い方をした。
「エッ、何のことかな?」
ジョージや珍のことがあって、暴力や機密に関わる心構えを言われるものと思った。
「どんなに皿が綺麗でもカッパの皿を
「毒でもあるのかい?」
「そうしたものはないけど……」
「舐められたら、力が出なくなるとか?」
頭が濡れると力が出なくなるアニメキャラを思い出していた。
「まあ、そんなところかな。とにかく、舐めちゃいけないよ」
――カッパを舐めるな!――
そう叫んで珍を撃退した様子を思い出した。
舐める、の意味は違うけど、自分の弱点を隠すことをしないなんて、アムロはどこまで人が、いや、カッパが良いのだろう。
「アムロはすごいな。尊敬するよ」
「ン?」
アムロが首を傾げた。
その皿は
舐められると本当に力が出なくなるのだろうか?……悪戯心がうずく。止めろ、と言われればやりたくなり、やれと言われたらやりたくなくなる。それは当たり前の感情だろう?……自問した。
好奇心に逆らえず、皿に顔を近づける。そしてついに、ペロっと舐めた。
「ああ……」
再びアムロの艶めかしい吐息が漏れた。エクスタシー、AVのそんな場面を思い出す。
「エッ……」アムロの反応の激しさに驚いた。
――ハァハァハァ――
アムロが苦しそうに
「ゴメン、ちょっとふざけただけなんだ。大丈夫?」
とんでもないことをしてしまったのかもしれない。……心から謝罪した。
――ハァハァハァ――
アムロの荒い息遣いはなかなか収まらなかった。
たったひと舐めしただけなのに。……健太は困惑した。
「……な、なんてことを」
アムロが健太を見つめる。その大きな黒い眼には涙があふれている。
「力が出なくなった?」
「そんなことはない、……けれど……」
アムロの呼吸が整ってくる。
「ごめん。悪かった」
「いいえ、気にしないでください。こうなる運命だったのかもしれない」
「運命?」
科学的な思考をするアムロがそんな言葉を使うのが不思議だった。同時に、何か大きな責任を負ったような気持ち悪さを覚えた。
皿を洗うのをやめて、甲羅を洗う。カメのそれとは異なり、わずかに柔軟性があった。背中は手の届かないところが多いのだろう。あちこちに汚れが固まっている。スポンジを使って、それを丁寧に洗い流した。そうして、アムロが自分と異なる生物であることを、改めて実感した。
バスルームを出ると、アムロが不思議なことを言った。
「大丈夫。……ボクは健太のことを気に入っていますから……」
独り言のように聞こえたので、返事はしなかったが、それが皿を舐めたことに対する抗議の言葉なのだと理解した。
アムロとの関係の、何かが壊れたような不安を感じた。それを、あえて口にする勇気も、危機感もなかった。
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