第27話
ディズノーパークの経営者にして来々軒の出前持ちの珍満金青年が、アムロと健太にもうけ話を提案した。健太の気持ちはぐらついたが、アムロは違った。
「うーん、それも違うな。ボクが望むのは、国家の樹立でも、貿易でもありません。人類とカッパ族が地球を守りながら生きるための環境づくりです。とりあえずのところはカッパ族でもコントロールの難しい〝核〟の運用について〝核〟保有国と協議することを目指しています」
アムロの言葉で、健太の気持ちの振り子が、本来あるべき元のところに収まった。
「ソレ、ダメ。ボランティア同ジ、儲カラナイ。……核保有国トノ協議ナド政治家、動カスノニ金、要ルヨ。マズ、一儲ケシテ……」
珍満金の表情に影がゆらぐ。彼にとっては何をおいても金が優先するらしい。
「もちろん知っています。発展途上国の政治家ほど金で態度が変わるものです……」
アムロが嫌味を言って姿勢を正す。
「……しかし、お金で動く政治家に、〝核〟の問題を解決することはできないことを珍さんもご存じでしょう?……〝核〟を弄ぶ者たちは金を持っている。そうした愚かな者たちは、〝核〟が利を得るのに使えると思い込んでいるから厄介です」
アムロの言葉に珍満金は追い詰められたのかもしれない。〝核〟が人々の経済や権力という欲望と強く結びついていることを、珍満金自身がよく知っているのに違いない。
「理解、……アムロ先生、動画ノママノ人ネ。イヤ、カッパネ」
そう言うと珍満金は視線を落として立ちあがった。
「提案、飲メナイネ。デモ私、アキラメナイ」
彼は一歩進んだ。アムロと肌が触れそうな距離だ。
別れの挨拶と思われたが違った。珍満金は取引という方針を転換したことを態度で示した。背の低いアムロの肩を両手でつかむと、岡持ちの中に詰め込もうとした。
「何をする!」
アムロは、自分が人間以上の力があると油断していたに違いない。慌てふためき手足をじたばたさせたが背後を取られて後の祭り。
「止めろ!」
健太は叫んだ。
いかにアムロが小さいとはいえ、中華料理店の岡持ちに入るはずがない。
岡持ちに入らないと知ると、珍満金はアムロを小脇に抱えたまま土足で上がり込み、ベッドの上掛けをはぎ取ってアムロをグルグル巻きにした。そのスピードは上海雑技団並みの勢いで健太もあっけにとられた。
「こら、止めろ。健太、何とかしてくれ!」
「お、おい!」
我に返った健太がアムロを奪い返そうとすると、珍に蹴飛ばされて転倒。テレビ台の端に頭をぶつけて目が回った。
「カッパ巻きの出来上がりだ!」
珍は気の利いたことを言うと、ひょいとアムロを肩に担ぎあげて表に飛び出した。
アパートの裏の駐車場に差し掛かったころには、アムロも冷静さを取り戻したようだ。
「カッパを舐めるなよ!」
高らかに宣言すると、「アチョー!」と、気合いもろともグルグル巻きの海苔、ならぬ上掛けを引き裂いた。まるで、カッパ巻きから二本の腕が飛び出したようだ。
アムロは、珍の額を一発殴り、彼がぐらついたところで身体をひねった。珍の腕が緩み、解放されたアムロは彼の肩をトンと蹴って空中で1回転1ひねりする。
上掛けが入場したプロレスラーがマントを投げた時のようにヒラヒラと宙を舞った。
アムロは更にひねりを加え、マトリックスのトリニティーか攻殻機動隊の少佐さながら、態勢を低くして華麗に着地。それは次の攻撃に備えた形だった。
「ほう。中国拳法の心得があるのか?」
珍は右手の親指で鼻の頭をはねると拳を固めて構えた。
健太は、千切れ飛んだ上掛けを余すことなく集めるのに必死だった。それは、アムロのために買って間もないものだからだ。早く集めないと軽い人工綿は風に乗って飛散してしまうだろう。地球を汚してはいけない!
上掛けの断片を集める健太の横で、アムロと珍の攻防は始まった。
「ヤッ! トゥ! イェイ!」
珍の蹴りやパンチは力強かった。
アムロは防戦するのみ。……ゆらりゆらりと身体をしならせて珍の攻撃をかわし、時には相手の手足に自分の腕や足を軽く滑らせるようにしていなしている。
健太には余力のあるアムロが決定打を打たず、珍の体力の消耗を待っているように見える。まともにやりあえば、珍を傷つけてしまうからに違いない。珍もそれは分かっているようだが、プライドが許さないのだろう。攻撃を止めず、逃げようともしない。
「ヤッ! トゥ! フェ……」
忖度のない戦いの世界では、力の差は何ともしがたい。時が経つに伴い珍の表情が険しくなっていった。
アムロの蹴りで駐車場の端まで飛ばされた珍は、転がっていた金属バットを拾った。アパートの大家の孫たちが遊んでいたものだ。
どうして遊んだ後に片づけないんだ!……健太は金属バットを置いて行った子供と、
得物を得て気力の増した珍、余裕を取り戻してじわりじわりとアムロににじり寄っていく。それに対してアムロは、バットでは殴りかかりにくい右側にゆっくり回り込む。
間合いを詰めると、珍は金属バットを振り上げてアムロに襲いかかった。
アムロは数度の攻撃を見事に交わしていたが、車止めに短い足を取られてバランスを崩した。その頭の皿に金属バットがヒット、アムロが崩れ落ちる。
「キェー!」
珍の勝利を確信した雄叫び……。アムロの顎めがけて膝蹴りが飛んだ。
アムロが殺される!……瞬間、健太は無我夢中で飛び出し、珍にタックル。集めて抱えていた上掛けが紙ふぶきのように舞って、地面に転がる二人を飾った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます