第26話

 ――ピポピポペペペ――


 突然、健太のスマホの着信音が鳴った。電話とは常に突然なものだけれど……。


『私ノ料理、食ベタネ』


 カタコトの日本語には聞き覚えがあった。ジョージではない。来々軒の青年だ。


「まだ、食べかけですが?」


『エッ……?』


 電話の向こうの青年は戸惑っているようだった。


 スマホの奥の静寂に耳を傾けながら、アムロがラーメンのスープを飲み干す様子を見ていた。


 チンジャオロースとラーメンの香りが鼻をくすぐる。ゴクン、と健太ののどが鳴った。


 スマホの向こう側にはつづく静寂。


 グー。……今度は腹が鳴った。待つのがバカバカしくなって通話を切った。


「何だったの?」


 アムロの箸が、健太のギョウザを挟んだ。


「返せ!」


 取り返そうとしたときだった。


 ――ピポピポペペペ――


 着信音が鳴り、ギョウザがアムロの胃袋に落ちた。


 相手はあの青年だ。


「もしもし」


『料理ハ手付替ワリダヨ。条件ヲノンダラ杏仁豆腐あんにんどうふヲトドケルヨ」


「杏仁豆腐?」


「欲しい!」


 アムロが手を上げた。その声が届いたのだろう。


『了解シタヨ。スグ、届ケマスル』


 そう返事があって電話は切れた。


「何者だろう、……来々軒の青年?」


「情報不足だね。でも、雰囲気からすると、中国マフィアかな?」


「ヤバイ奴?」


 健太は腰を浮かせた。今すぐにでも隠れたい。


「じたばたしても始まらないよ。覚悟を決めるんだな。ボクたちの相手は巨大な権力なんだ。……そんなことより杏仁豆腐も楽しみだな」


 アムロが口角を上げた。


 巨大な権力、インテリジェンス、地球環境。想像しただけで熱がでそうだ。……健太は覚悟を決めて目の前の料理を食べることにした。が、その時はすでに、ギョーザとチンジャオロースの半分はアムロの胃袋に収まっていた。




「出前の食器は、軽く洗って出すのが礼儀です」


 健太が食べ終えると、アムロが食器を運んで洗いだした。


「そんな礼儀、どこで覚えたの?」


 尋ねると、カッパの国でも同じだ、とアムロが答えた。


 ――ドドド……バイクの軽快なエンジン音が外で止る。ブワっと風が吹き込んだ。


「マイドー! 来々軒ドェス!」


 青いヘルメットを被った青年が笑っていた。小判帽がヘルメットに変わっているが、出前を運んできた青年に違いなかった。


 彼は岡持ちから杏仁豆腐を取り出す。その瞬間、にこやかな青年の面影は消えていた。視線を健太に固定する。刺すような視線とはまさにそれだった。


「あ、あなたは、どなたですか?」


 それまでと違って健太は激しくへりくだっていた。


「ウイ、私ハ福建省ふっけんしょうデ、ディズノーパークヲ運営スル、珍満金ちんまんきんデス」


「ディズノーパーク?」


 健太の辞書にそれはなかった。とはいえ、彼がマフィアでないと知ってホッとした。


「知ラナイ?……残念デス……」


「杏仁豆腐を持ってきてくれたのですね」


 背後からアムロが頭を出した。


「ドウゾ、美味シイヨ」


 珍満金が器を押し出した。


「ありがとう」


 アムロは躊躇なくそれを手に、コタツに移動した。


「お宅の料理が気に入ったようです。……で、どうしてディズノーパークの経営者が来々軒で?」


 珍満金がポンと手を打った。


「アムロサンノタメニ来々軒ヲ買収シタノヨ。ディズノーパーク、日本支店ニシタデス」


「ほう、どうしてボクのために?」


 アムロが杏仁豆腐の器を持ってきた。


「……!」


 空だ! 僕の分も食べた?……健太は目をむいた。


「ディズノーパークデ働イテモラエタラ、毎日、杏仁豆腐、提供スルヨ」


 珍満金は、二人前の杏仁豆腐をぺろりと平らげたアムロに提案した。


「働くって、何をするのかな?」


 ちょっと興味があって尋ねた。


「暗殺とか、薬の運び屋とかかな?」


 アムロの話に、健太は驚いた。


「ナナナ……何ヲオッシャル。私、堅気かたぎヨ。実業家ヨ。……アムロノ仕事、タダ暮ラスダケ。ゴロゴロスル。簡単ナ仕事ヨ」


「ボクに、見世物になれ、と?……それなら、パンダのほうが子供たちに夢を与えますよ」


 アムロが厳しい口調で応じた。


「アムロ、ディズノーパーク来タラ、私、中国政府動カシ、ヲ地上ニ建設シテミセル。ソレ、アムロノ目的ダロウ?」


「カッパ国は世界中の川底にも、海底にもあります。今更、地上に国家を建設しようなどという意思はありません」


「デハ、貿易ドウカネ ?二人デ、大キク儲ケヨウ。二人ガ無理ナラ福島ト三人ダヨ」


 珍満金が、アムロに抱き着かんばかりにすり寄った。


 僕も?……健太の心がグラリと揺れた。

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