第25話

 健太が冷蔵庫の中を覗いて夕食を考えている時のことだった。


「マイドー! 来々軒らいらいけんドェス!」


 突然の声と共に玄関ドアが開いた。


「ドS?」


 反射的に変態行為を想像し、冷蔵庫を閉じて声の主に目をやる。そこには、頭に白い小判帽を乗せた調理白衣姿の青年が、作り笑いを浮かべて立っていた。


 彼は手にした【来々軒】と書いた大きな岡持おかもちを床に置くと、健太の反応などに目もくれず扉を開くと、中の丼や皿を床に並べていく。


「エッ!」


 驚いたのは彼が変態でなかったからではなく、出前など頼んでいなかったからだ。


 いや、もしかしたらアムロが?……バスルームをノックして、シャワーを浴びているアムロに声を掛けた。


「中華料理の出前、頼んだのかい?」


「ン、……何のこと?」


 アムロも自分も出前を頼んではいない。……確信して小判帽の青年に向いたときには、岡持ちの中身はすっかり床に並べられていた。ラーメン、ギョウザ、チャーハン、チンジャオロースが各二つずつだ。


「他のお宅と間違っていますよ」


 出前は頼んでいないと教えた。今頃、本当の注文主は腹をすかして泣いているかもしれない。


「イヤー、間違イナイ、コチラヨ」


 言葉を聞くかぎり、青年は日本人ではないようだ。それで配達先を間違えているのだろう。


「本当にウチ?」


「ソウ、フクシマケンタね」


 青年が調理白衣のポケットから伝票を出した。そこに印刷された注文主と住所は、健太が注文主であることを示していた。


 思い浮かんだのは、出前やら通販やらの商品を送りつける嫌がらせだ。……まさか!……ジョージ・ワシントンデスの顔が脳裏を過った。交渉が上手くいかなかった腹いせに、中華料理を送りつけたのに違いない。


「僕は頼んでいませんよ」


「ゥエー、困ルネ。モウ、オカネ、モラッテイルヨ」


 青年は伝票に目を落として困惑の表情を浮かべた。


「私、コマル。ドウシマスゥ……」


 彼は顔を上げると、笑みを作った。


「代金モラッテル。モッテ帰ル。コレ、ステル。モッタイナイ。フードロスネ。食ベチャエ。ヨロシク」


「いや、そう言われても……」


 食べた後になってジョージが現れ、食べたのだから責任を取れ、要求に応じろと言われても困る。


「ダイジョウブ、ダイジョウブ。私、責任トリマス。器、オモテニ置イテネ。ヨロシク、オネガイ、シマス」


 健太の性格が災いし、断りきることができなかった。


 出前の青年は笑顔を作ると外に出てドアを閉めた。バイクのエンジン音が遠ざかるのが分かった。


 コタツに、ラーメンとギョウザ、チャーハン、チンジャオロースーがならんだ。


 ジョージは、どうしてこんなことをするのだろう?


「気持ち悪いな……」


「そうなのかい? ボクには美味しそうに見えるよ」


 アムロが箸を取った。


「料理ではなく、送ってきた人の意図のことだよ」


「ふむ。その人に心当たりはないのか? 両親とか、兄弟とか、同級生とか、上司とか……」


「両親はこんなことはしないよ。第一、アムロが一緒だと知らないんだ。二人分注文するはずがない。もちろん、兄さんもね」


「そういえば、友達はいなかったな」


 アムロがラーメンを食べ始める。


「除染作業員が仲間に中華料理を届けてやるようなことはない。もちろん、現場監督もね。心当たりがあるとすればジョージだ。嫌がらせかもしれない」


 ――ズズズ……――


「ジョージ、……誰?」


「アメリカの外交官だよ。まさか、忘れたのかい?」


「あぁ、彼か」


 ――ズズズ……――


「しかし、嫌がらせにしてはセコイな」


「人間には、お中元とか、お歳暮とか、クリスマスなどといった物を送る風習がある。今日は君の誕生日ではないけれど、そう思い込んだ隣のおじさんからのプレゼントかもしれないよ」


 アムロはギョウザに手を付けた。


「知らないおじさんに、物をもらっちゃいけないと母親に教わったからな。アムロが言うような風習は引き継がなかったよ」


「隣のおじさんは、知らないおじさんじゃないだろう?」


 ――ズズズ……――


「名前や顔は知っているけど、プレゼントを送りあう仲じゃない」


「確かにな。君はボクを紹介しようともしない」


「カッパの世界は違うのかい?」


「カッパの国には来たから知っているだろう? 君は危険な立場なので、隣には紹介はしなかった。……そういう意味では、今のボクの立場と同じだ。ボクらの文化には共通点も多い。数万年引き継がれてきたものなのか、あるいは文化というものは同じような発展を遂げるものなのか、検討の余地があるね……」


 アムロはラーメンを食べ終え、チャーハンとチンジャオロースーに箸をつける。


「……そうだ。送り主が、隣のおじさんではなく、上のおばさんという可能性はどうだろう?」


「おばさんでも同じだ。ありえない」


「お姉さんならいいのか?」


「きれいなお姉さんなら、検討に値するな」


「アハハハハ……」アムロが笑い、嘴を大きく開けてチンジャオロースーをサラサラと流し込んでいく。


「送り主が分からないことには、動きが取れないのかい? 健太が食べないなら、ボクが全部いただくよ」


 アムロの前の皿はほとんど空になっていた。身体を小さくして地球環境に優しくしているというカッパ族は、意外にも大食いだ。


「毒が入っている形跡はなさそうだね。料理には罪がない。捨てては罰が当たるな」


 健太は箸を取った。


「なんだ、ボクに毒見をさせていたのか。君は思ったよりずる賢いな」


 アムロがカラカラ笑った。

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