第24話

 英語を武器にして健太を粉砕ふんさいしたジョージは、それっきり彼を無視、健太は感情を殺した。ジョージの訪問の趣旨がアムロとの接触にあるのだから、目の前にアムロがいる以上、健太は場所の提供者でしかなくコタツや座布団と変わらない存在なわけだ。そこで感情を毛羽立たせるのは無駄以外の何物でもない。


 ジョージはコーヒーに山ほど砂糖を入れると、アムロに向かって機関銃のように質問を連発した。言葉に強弱をつけ、時には笑みを浮かべ、身振り手振りもたっぷりに。時折その手をテレビやくずかごにぶつけて顔を歪めながら……。


 いつものようにブラックコーヒーのアムロは、それをチビチビと舐めるように飲みながらジョージの問いに淡々と応じた。とても理性的だ。


 健太は、アムロとジョージの外交交渉を静かに見守っていた。コーヒーはミルクたっぷり、それが渦を巻くのをいつものように楽しんだ。


 英語を話すアムロの声は、いつもよりもやや高い。それでいて耳障りでないのは、声量を抑えているからだ。アムロも外交官も時々首を横に振るので、交渉がうまく進んでいないのは想像できた。


 20分ほど話し合った時だった。突然、ジョージが表情を険しくした。アムロに顔を寄せ、それまで以上に低い声で話した。まるで恫喝どうかつでもしているようだが、声は、健太の耳まで届かない。届いたところで理解はできないのだけれど……。


 彼に呼応するように、アムロも顔を近づけていた。嘴が動くので話していると分かるけれど、その声は聞こえなかった。


 何を話しているのやら。……不穏な気配は感じるものの、場所の提供者に過ぎない健太にはまるで他人事だった。殴りあったところでアムロが勝つだろう。分かるので、気持ちには余裕があった。


 理解できない外交交渉に半ば呆れ、コーヒーのお代わりを淹れようと立ち上がった時、はじけるような声がした。


「……ガッデムgoddem……」


 ジョージが、ドン、とコタツの天板をたたいた。


 ガッデム、それが下品な言葉だということぐらい健太も知っていた。


 ジョージは大げさにため息をつくと立ち上がり、アムロに握手を求めた。


 それが交渉成立を祝すものではなく、別れの挨拶だろうということも分かった。


「サヨウナラ」


 ジョージが健太に握手を求めた。


「お疲れさまでした」


 握手をして彼を送りだす。


 ジョージは外に出て、車に向かう時もぶつぶつと英語で語り続けていた。カッパの存在を理解しようとしているのか、英語を話せない日本人がいたことを恨んでいるのか……。


 健太は彼の車が遠ざかるのを見送った。




「交渉決裂、というところかな?」


 室内に戻り、コタツでぼんやりしているアムロに尋ねた。


「ええ、ボクとアメリカ本国で秘密裏に交渉したいということでしたから」


「なるほど。監禁、調査、研究を秘密交渉と言いかえたわけだ」


「そうだな。彼らの関心は、カッパ族との関係を築くことではなく、カッパそのものの生命と、生物学的な社会活動の調査にあるようだ」


「どこまでも人間以下の存在という位置づけなんだな」


「そのようだね」


「しかし、動きの速さは、さすがアメリカだ。それに比べたら、地元の日本政府からは連絡さえない。社会情勢に対する意識の違いは歴然たるものだ……」


 健太はコーヒーカップを流し台に運んだ。ジョージのコーヒーカップの底には、砂糖が沈んでいた。


「……この分だと、次は中国マフィアか中国軍がやってきそうだね」


 それは、半分は冗談だが、半分は不安から出た言葉だった。中国政府は他国内でも平気で暴力に訴えるのだから。


「強引な方法でくるかもしれないから、隠れたほうが良いかな? アパートごと爆破されたら大変だ」


 100%冗談で言った。しかし、アムロの反応がないので振り返った。


「大丈夫、……君はボクが守るよ」


 アムロが静かに応じた。

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