第22話
「ハロー……」
健太のスマホを奪ったアムロが、周囲を気にしながら小声で話し始める。
「……YES、……OK、……YES、……Uh-huh……」
かすかに聞こえるアムロの声。流暢な英語に聞こえた。その時、アムロはどうして十数か国語を話せるのだろうと思った。隈川の底に住んでいるのだから日本語を使うのは有益だが、その他の言語を駆使できることにどれだけの意味があるというのだろう?
「……Uh-huh、……OK、……Bye」
電話を切り、スマホを差し出すアムロ。
「アメリカの諜報機関からの連絡だった。ボクに会いたいらしい」
健太はスマホを受け取った。
「何だって!」
「シッ、声が大きい」
「あ、うん。……会うのかい?」
「もちろん。土曜日に会うことにしたので、健太も準備しておいてほしい」
「僕はだめだよ」
「英語は話さなくても大丈夫だ。大使館から日本語を話せる人が来る」
「それなら良いけど……」
ころっ、と態度を変えた。我ながら現金すぎて恥ずかしい。
「……アムロはどうして数カ国語も話せるんだい?」
「翻訳こんにゃくがあるからだよ」
最近、アニメにはまっているアムロが、まるで中年男のような答えを返してくる。
「マジ?」
「アハハ、冗談に決まっているだろう」
「だよね」
健太は苦笑した。そしてふと、不安を覚えた。
アメリカの諜報機関とはどこだろう? CIAかNSCか、……映画で知っただけでもいろいろあった。
どちらにしても、アムロの所在を突き止め、それから僕の電話番号を調べたのだろう。その手際の良さといったら普通じゃない。それらの機関といえば、ハリウッド映画からの情報しかないけれど、なにかあれば銃をガンガン撃ちまくり、時には爆弾や手りゅう弾も使う連中だ。とても危ない!
「アメリカの諜報機関が僕に電話をしてきたということは、僕のアパートも知っているということだよね?」
「もちろん。住所も電話番号も、預金残高も知られたと考えるべきだと思うよ」
「諜報機関はCIA? それともNSC?」
「どちらとも言わなかったね。匂わせただけだったよ」
「信じていいのかな?」
「どちらにしても、ボクには進む選択肢しかない」
「そっかぁ。……相手がどの組織だとしても、僕の家は見張られ、盗聴されていると考えるべきだろうね?」
「ふむ……。その可能性は高いね。盗聴を妨害する装置を設置しよう。ボクが段取りするよ」
アパートの前に立った二人は周囲を見回し、怪しげな人物や車両がないことを確認してから部屋に入った。
アムロは変身を解くと、まっすぐパソコンに向かい、カタカタとキーを打ち始める。
「念のため、パソコンに侵入されないように、カッパ仕様の
カッパ仕様のOS? 僕は使えないのだろうな。そもそもカッパの文字ってどんなだ?……健太は流し台に立って夕食の準備をする。暑くなってきたのでザルソバだ。湯を沸かし、海苔を刻む。麺つゆは出来合い。水で薄めるだけだ。
アムロがパソコンを再起動させる。
「ヨシ!」
その声で、OSの入れ替え作業が終わったのだと気づいた。
「少し早いけど、夕食にしよう……」
健太は水にさらしたソバを皿にのせて出した。
「ホウ、モリソバだな」
「ザルソバだよ」
「ん……?」アムロが首を傾げる。「……これはザルソバではない。モリソバだ。ザルにのってないからね」
「モリソバなら海苔はないだろう?」
「ザルソバとモリソバの定義は曖昧だ。生まれたのはモリソバが先なんだよ。冷たいソバを皿にのせて出したんだね。それをザルに乗せて出したのが、水分が切れて美味いと評判になった。それがザルソバだ。……ザルを使ったことで付加価値がつき、高級品のイメージがついた。それでザルソバには海苔をのせたり、麺つゆにミリンを入れたりして味に深みをつけ、高級品のイメージが定着した。……今ではモリソバもザルに入っているのが普通だし、麺つゆもザルソバと違わない。それで海苔の有無がモリソバとザルソバの違いのように言われるけれど、少なくともザルソバはザルに入っているのが絶対条件だと思うんだよ」
アムロが
「すごいな。まさかアムロにザルソバの講義を受けるとは思わなかったよ。……じゃあ、モリソバだ。伸びる前に食べよう」
「スマナイ、ボクがしゃべりすぎたね」
二人は、ソバをズルズルとすすった。
食事を済ませると、普段のアムロならシャワーを浴びるところだが、人間に化けて外出した。中肉中背の中年男性の姿だ。それがおそらく、この地域では一番目立たないと考えたのだろう。
アムロが戻ったのは深夜だった。カッパ族の国から小さな機械を持って来ていた。それを起動させてから「盗聴防止装置だよ」とアムロが言って、嘴の先に人差し指を立てた。
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