第Ⅲ章 敵か味方か?

第21話

 健太とアムロが交流する動画がアップされると、カッパが実在するのか作り物なのか、という議論は収束した。隈川の河原で、上陸したカッパと人間を見た人物がコメントを寄せたことも〝カッパ実在説〟を補強した。


 ――アムロは実在する――


 ところが、その時から動画につくコメントが荒れだした。従前通りのカッパに関心を示すコメントもあったが、アムロの嘆きや人類に対する苦言は、多くのプライドの高い人々から批判の的になった。


【カッパごときが人間様に説教するのか】


【緑色の妖怪め、口を慎め】


【川に帰れ! さもないと殺すぞ!】


【さっさと絶滅してしまえ】


 そんな反応が日本語、英語、中国語、……ありとあらゆる言語で書きこまれた。


「覚悟はしていたけど、これだけ反発があると、さすがにこたえるな」


 コメントを読んだアムロは消沈していた。


「マジなのか、面白半分なのか、どんな気持ちでコメントを投稿するのだろうな? 自分がこんなふうに言われた時の相手の気持ちを想像できないのかな? こんなだからいじめや戦争がなくならないんだ」


 日本語のコメントしか読めない健太の精神的ダメージはアムロほどではなかった。それでも悪意に満ちたコメントの数々には、しばしば息が苦しくなるのを覚えた。


「健太、落ち着いてよ。批判は、後ろめたさと恐怖に対する防衛反応だ。しばらく様子を見よう」


 さすが101歳、アムロは大人だった。それでも、それから丸々三日、アムロは閉じたノートパソコンを開かなかった。


 健太とアムロが投稿した動画でカッパの存在が認知され、アムロは変わった。しかし、変わったのはアムロだけではなかった。マスコミのカッパ報道が増加し、隈川周辺の取材活動が激しくなっていた。方々を報道関係者が尋ねまわり、川面に船を浮かべては水底を探索していた。


 川底がかき回され、沈殿した放射性物質が移動することを憂慮した日本政府は、マスコミへ調査の自粛を求めたが、それでマスコミがカッパの捜索を止めることはなかった。それどころか、カッパやカッパ族の国への入り口の発見は、原発事故によって閉塞感が蔓延した日本社会を明るくするものだ、と反論した。


 そんな彼らを、アムロは冷ややかに見ていた。時には人間の子供に化けて河原に足を運び、カッパを探す船をながめて思索していた。


 健太は、いつものように1日おきの除染作業に出ていたが、金髪の若者は仕事を休むことが多くなった。現場監督によると彼は、川に潜ってカッパを探しているらしい。


 オカッパ髪の子供に化けたアムロとスーパーで買い物をした帰りの時だった。


 ――ピポピポペペペ――


 スマホの着信音が鳴った。ディスプレーに映る電話番号に記憶はなかったけれど、拒否する理由もないので出てみた。


『ハロー』


 電話の向こうから流れてきたのは、親しげな声だった。アメリカ人やイギリス人の友達はいない。日本人にさえ……。


 ブチ!……健太は、反射的に通話を切った。


 ――ピポピポペペペ――


 同じ番号からだった。


『ハロー』


 ブチ!


「出たっていいんだよ」


 アムロは、健太が遠慮して電話にでないと考えたようだ。


「いや、いいんだ」


 英語が怖くて切ったなんて言えない。「ハロー」「ナイスツー ミイツ ユー」なんて言語は、カッパと話すよりも苦手だ。


 ――ピポピポペペペ――


『ハロー……エク』


 ブチ!


 先に出た時より早口だった。


 ――ピポピポペペペ――


 ブチ!


 しつこい間違い電話か、誰かの悪戯に違いない。健太はそう信じようとした。そうしたことには理由がある。それは、間違いでも悪戯でもない可能性が一つだけあるからだ。アムロの存在だ。――インテリジェンス――その言葉が頭の中で膨張する。


 きっとアムロに関わる電話だろう。と想像はついていた。


 ――ピポピポペペペ――


「アッ……」


 アムロにスマホを奪われた。

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