第20話

「顔出しNGならいいよ。要は、アムロが人間と暮らしていると分かれば良いんだろう?」


 健太は自ら妥協案を出した。一つは自分が映る場面では紙袋をかぶって顔を隠すということ。もう一つは、明日、明後日と、健太がアムロの生活を撮影するというものだ。顔は出さず、会話を続けながらアムロを撮影すればアムロのが、いや、が知れるだろう。


「ヨッシ、そうしよう」


 話が決まり、アムロが撮影プランを立てた。




「おはようございます。私はカッパのアムロと同居する人類代表の24歳です……」


 健太はアムロが作った台本に基づき、スマホを使って撮影した。袋を被ったのでは中身が怪しすぎるとアムロが言うので、大きなマスクとサングラスで顔を隠した。


「……今、カッパのアムロが僕のサッカーボールに乗って卵を焼いています」


 レンズをボールに向け、そこから舐めるように足、甲羅、頭と映していく。頭の皿を映してからは、顔、手へと下りて、最後にフライパンの目玉焼きを映す。


「これは目玉焼きだね?」


「うむ、……ボクはかたく焼いたのが好きだけど、同居人は半熟が好みだ」


 そうした撮影をして、アムロが小さいことや、背中に甲羅があること、人間と同じ食生活をしていることを示した。


 食事風景以外には、アムロの入浴シーン、二人のテレビゲームのバトルシーンを撮った。


「素材はこれで十分だ」


 アムロは妥協したのかもしれない。淡々と編集に入った。




 健太は従来通り、1日おきの除染作業に従事していた。その日は住宅の除染作業だった。


「おい、福島。最近、カッパが動画を挙げているのを知っているか?」


 表土ひょうどを削りながら声をかけてきたのは、東京から出稼ぎに来ている金髪の若者だった。反社会的勢力の一員なのか、態度に凄味すごみがある。滅多に口を利かない相手だった。


「あ、いいや……」


「そうか、1カ月前ぐらいに隈川からカッパが出て来たらしい。宿舎のおばちゃんが犬の散歩の途中で見たそうだ」


「エッ、……ホント?」


「ああ、ずぶ濡れの男が一緒だったそうだ。……そいつがカッパの動画を上げていると思うんだ」


「へー」


 カッパの国から帰った時、河原で腰を抜かした高齢者を思い出した。その時は男女の区別も分からなかったけれど、きっとそれが宿舎のおばちゃんなのだろう。


 健太は話を切り上げたかったが、青年は話を止めなかった。


「羨ましいよな」


「ん、どうして?」


 暑さのためか、彼の話のためか、嫌な汗が額を流れる。


「広告収入が入るだろ」


 彼は作業の手を止めるとスマホを取り出し、動画を再生して見せた。アムロが目玉焼きを作っているものだ。


「今日アップされたやつだ。もう10万回を超えている。サッカーボールに乗って料理をするんだ。スゴイ運動神経だよな……」


 彼は単純に驚いていた。


 運動神経だけじゃない。アムロは語学は堪能だし、歴史や科学にも詳しい。101歳だからかもしれないけれど、とにかくすごい。……声になりそうなのを、ぐっとのみ込む。


「……それにしても飼い主もひどいよな。拾ったカッパに料理をさせて儲けているんだぜ。広告収入で踏み台ぐらい買ってやれ、ってことだ」


 飼い主だって? ヒドイ誤解だ。それに動画は商売じゃない。広告収入なんてもらっていないぞ!……反論しようと思ったが止めた。広告収入はないけれど、コマツから黄金のキューブをもらっている。胸を張れる道理はなかった。


「あー、俺もカッパが欲しい!」


「お前ら、真面目に働け!」


 遠くから現場監督の声がした。


「ウイっす」


 若者が手を上げて応じ、作業に戻った。




「あまり関わるなよ」


 仕事が終わってから、そう言ってきたのは現場監督だった。


「どうしてですか?」


「頭がいかれているんだ。カッパがいると信じている。それに、こっちの息が掛かっているかもしれない」


 現場監督は、〝こっち〟という時、指で頬に傷をつける仕草をした。


「あ、ハイ……」


 健太としては、カッパは実在すると言いたかった。言うべきだと思った。しかし、言えなかった。


 その日は、帰宅途中にホームセンターに立ち寄り、子供が使う踏み台を買った。


「これは?」


 流し台の前においた踏み台を、アムロが不思議そうな目で見た。


「アムロ用の踏み台だよ。ボールに乗って調理をするのは危険だろう」


「ボクは平気さ。……誰かに言われたのかい?」


「……いや」


 動画の件で青年に言われたことを話せなかった。ひどく落ち込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る