第19話

 ムッ、と健太は黙りこくった。


 ――どうしてそこまで拒む?――


 アムロの問いが魚の小骨のようにのどに引っかかっている。


 自分がどうして動画に出たくないのか?……合理的な理由が分かっているわけではなかった。考えてみると〝恥ずかしい〟という感情が形を作った。〝容姿容貌〟〝無職〟〝除染作業員〟〝身バレ〟〝プライバシー〟……言葉が脳裏を流れていく。


「健太、動画に出てほしい。ボクが人類にとって危険な存在でないということを、君と暮らしていることを見せることで、明らかにしたいんだ。……見てくれ。動画の再生回数は延べ10億回を超えている。世界中の人々がボクの一挙手一投足、いや、存在に注目しているんだ」


 その声は、アムロにしては珍しく熱のこもったものだった。


「だからだよ……」


 言葉と気づきが同時だった。


「……恥ずかしいんだ。僕には10億回も見てもらえるようなものは何もない」


「それは……」


 アムロが言いよどんだ。


「分かるよ。みんなが見るのは僕じゃない。アムロだ」


「スマナイ……」


「謝らないでいい。アムロは悪くない。僕は、マスコミに注目されるような生活は望まない。普通の生活ができればいいんだ」


「その普通の生活が脅かされているんだよ」


「地球の異常気象が増えるとしても、僕のような普通の人間の生活に影響があるとは思えないな。コツコツ働いて暮らしていくよ」


 言い訳すると、アムロの表情が固まった。


「健太は気づいていないんだ。本当の自分の気持ちに」


「アムロには分かるというのかい?」


「君は怖いだけさ。世間の注目を浴びて、薄っぺらな自分が世間に知られてしまうことに。そして、そんな世間から攻撃されるかもしれないということに」


 薄っぺら。……アムロの言葉が胸に刺さる。それを否定できない自分が情けない。そして最も恐れる言葉。……「攻撃……?」


「ああ、世界中のインテリジェンスが君のことを調べるだろう。両親、学歴、成績、職業、性向、性質、趣味、日常生活、恋愛経験まで。……もちろんインテリジェンスだけじゃない。マスコミもそうだ。君の学友はテレビや雑誌に君のことを語り、SNSでは、あることないこと、君が傷つくようなこともつぶやくだろう」


「どうして……」


「それが人間、いや、人間が築いた文明だよ。健太が悪いわけじゃない。けれども君は、……間違いなく、その一部だ。……言っておくけど、薄っぺらなのは健太だけじゃない。この文明に犯された多くの人間がそうだ」


「……」


 もはや、健太に言葉はなかった。席を立つ。


「逃げるのかい?」


「腹が減った。夕食を作るよ」


 そう言ったが、空腹は感じていなかった。ただ、アムロの視線から隠れたかった。


 ニンジンとハクサイを刻んで卵を落とし、具だくさんの味噌ラーメンを作った。


 ――ズズズー……――


 健太とアムロが麺をすする音だけがした。


 ドンブリは5分と経たずに空になる。


 健太はドンブリを持って流しに立った。それを洗いはじめるとアムロの声がした。


「君は趣味と言えるほどのものは特になく、特技、友達もない。ただ正義漢というか、正直というか。まぁ、悪いことはしない。少しあまのじゃくだが、人の言葉に耳を傾ける素直さを持っている……」


 蛇口から水がほとばしる音と、アムロの声が絡み合う。


 健太は思い出した。それを最初に聞いたのは、アムロに拉致されカッパ族の国へ向かう途中だった。


「……職業に貴賎きせんなし。父さんは除染作業員も立派な仕事だといったけれど、健太はそう思っていなかった。それは君が成りたいものではなかったからだ。君は就職活動をあきらめてその世界に飛び込んだ。今度もそうするのかい?……見てくれ」


 アムロが動画を再生した。動画サイトにアップしたものではなく、編集前のものだ。コマツの姿があった。あの時同様、肌は斑模様だった。


『……福島健太さん、アムロから話を聞きました。お世話になっています。……あなたの影響だろう。アムロが素直になっていて驚きました。他人の言葉に耳を傾けることを嫌がったアムロが……。私は、自分の考えが正しかったと確信しましたよ。きっとあなたなら、人類とカッパ族との間に正しい道を切り開くことができる。……先駆者には、利より負担が大きいものです。私、アムロ、そして福島さん。労に見合う報酬はないだろう。しかし、未来を切り開くにはそれしかないのです。辛いことがあったら、アムロに言ってください。私も、命のある限り、あなたと共にいる。……さて、人類よ。思い出してほしい……』


「先生……」健太の唇が震えた。


 アムロが動画を止める。


「先に戻った時の父さんのメッセージだよ。健太に語る部分はカットしておいたんだ。君にとっても僕にとってもプライバシーだからね。……父さんの想い、んでもらえないだろうか?」


 アムロの言葉を待つまでもなく、コマツの声を聞いただけであの時の不安と感激を思い出した。


 僕に10億回再生されるだけの価値があるだろうか?……健太は、目頭が熱くなるのを感じた。

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