第18話

 健太は、翌日、翌々日と除染作業に出た。その間アムロは部屋に残り、動画を撮り、家事をした。


 2番目の動画は最初の動画とほぼ同じものだったが、アムロは外国語を使っていた。英語バージョンと中国語バージョン、スペイン語バージョンがあった。


「4カ国語を操るなんてすごいな」


 驚くと「18カ国語話せる」とアムロが鼻で笑った。


 101年も生きていればそうだろうな。……自分を慰めた。


 3番目の動画はカッパの生活を映したものだった。健太が除染作業に出ている間にカッパ族の国に戻ったらしい。あのドーム型の建物内の様子や、コマツの闘病中の様子を記録していた。そこには、健太の知らない農場や娯楽施設、水力発電施設などもあった。アムロは数か国語の言葉を交えて、カッパの生活を紹介していた。


 動画の再生回数はうなぎ上り。その動画に出ているカッパが本物なのか着ぐるみなのか、CGなのか、と話題が繰り広げられていた。それはネットを超えて、テレビでも紹介されていた。


 3番目の動画を投稿した翌日のこと、「さて……」とアムロが改まって健太に声をかけた。


「テレビもボクの動画をとりあげた。それで次のステップに入ろうと思う。考えているのは、リアルタイム配信だ。視聴者の質疑を受け付けることで、ボクが着ぐるみやCGでないことを証明したい」


「それはどうかなぁ。Vチューバーと思われるかもしれないよ」


「ボクのこの滑らかな動きが、Vチューバーと誤解されると思うのかい?」


 アムロは立ち上がると、軽やかにステップを踏んで踊って見せた。カランコロンと音をたてて、台所の鍋が転げ落ちる。


「床を踏み抜くなよ」


「オッと失礼、ここが築40年のぼろアパートだというのを忘れていた」


 アムロがアハハと笑った。


「でもなぁ……」脳裏に懸念けねん材料が浮かぶ。「……ディープフェイクという技術があるんだよ。それを使えば、パソコンが人間の姿をリアルタイムでカッパに見せることも可能なんだ」


「知っているよ。その対策はラストの動画にしたい」


「そうか、僕が心配することなどなかったね。アムロの計画通りに進んでいるというわけだ」


 そうして翌々日の午後3時、アムロがリアルタイム配信を行った。が、問題が生じた。


「なんてこった!」


 アムロが頭を抱えた。


「どうした?」


 夕食の献立、とはいっても塩ラーメンと味噌ラーメンのどちらにするかで迷っていただけなのだけれど、アムロのモニターに目をやると画面が固まっていた。


「ハイスペックのパソコンなのに……」


 健太も頭を抱えた。


「いや、健太が悪いわけじゃない。アクセスが多すぎてサーバーがダウンしたのだと思う」


「まさかだろ。サイトに入りなおしてみたらどうだい?」


「無駄だと思うけどね」


 アムロがブラウザを閉じる。再度ブラウザを起動して動画サイトへ接続しようとすると、サーバーが存在しないとメッセージが表示された。


「ほらね」


「昼間だよ。そんなにアクセスがあるはずないじゃないか」


「ボクのフォロワーは世界中にいるんだ。日本でだって、業務をさておいてボクとコンタクトしたがった者がいるはずだ」


「そんな物好き、いるかな?」


「いるさ」


「どんな?」


「おそらくインテリジェンス関係者だ」


「インテリジェンスって、なに?」


「情報機関、……日本なら、警視庁公安部とか、公安調査庁、内閣情報調査室あたりかな。カッパ族が敵か味方か、知りたがっているはずさ」


「ゲッ……」


 とんでもないことになっている!……健太は改めてカッパ族と関わったことに恐怖と不安を覚えた。


 それから1時間ほどで動画サイトは動き出したが、アムロはリアルタイム配信を中止した。代わりに〝お詫びと次回配信予定〟のメッセージをアップした。


「次回もリアルタイム配信かい?」


「いいや、同じてつは踏まないよ。これだ」


 アムロがモニターを健太に向けた。


【次回配信は、同居人(人間)との対談動画】


「ど、同居人!」


 その文字の意味するものがのみ込めない。いや、理解したくなかった。


「そうだよ。同居人との編集なしの動画を撮る。それで、ボクが人類に対して敵意のない存在だと証明する」


「同居人といったら、僕じゃないか?」


「君しかいないよ」


「いやだ、いやだ……」


 健太は強く拒絶した。


「人類のためだよ。健太はヒーローになるんだ」


 アムロが説得しようとするので、その度に「いやだ!」と首を振った。


「どうしてそこまで拒む? 理由を聞かせてくれ」


 アムロの真黒な目玉が健太をじっと見据えた。

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