第15話

 ベッドで横になった健太の心臓がドキドキ鳴っていた。


「入るよ……」


 アムロが隣に来ると、ベッドがギシギシきしんだ。まるで健太自身の悲鳴のようだった。


 右腕にアムロの少しひんやりした肌がふれる。ビクン、と背筋に電気が走った。


 ベッドはシングル、二人が並ぶと身動きする余裕もない。


「今更だけど……」


 首だけを横に向ける。背中の甲羅が邪魔なのだろう。アムロは横向きになり、顔を健太に向けていた。顔と顔が近く、健太はドキッとした。


「何か?」


「アムロは男なんだよね?」


「どうして?」


「念のためだよ」


「アハハ、緊張しているんだな。初めてなのだろう?」


「そういうわけじゃ。……いや、いや、いや、カッパとベッドを共にするのは初めてだよ」


「どうしてボクが男だと思うんだ?」


「自分のことをボクと言うじゃないか。口調も男性だ」


「自分のことをボクと呼ぶのは人間にだっているだろう? 特にラノベ界隈かいわいでは多いはずだ。それに口調だって、男性と同じ口調、態度を取る女性はいるはずだよ。たとえば〇〇〇とか……」


 確かにアムロの言う通りだった。〇〇〇は元俳優だった国会議員だ。俳優をしていたころから男性口調だったけれど、国会議員になり50歳を超えてからというもの、態度は全く男性だった。もっとも男性らしさ、女性らしさが差別的だと批判される現代社会では、彼女のことを色眼鏡で見る国民はいない。


「アムロさんは、何でも知っているんだね」


「まあね。父さんに命じられて、色々調べていたからな」


「で?」


「ん?」


「性別だよ。気になるじゃないか」


「ボクは気にならないよ。性で差別するつもりはない」


「からかわないでくれ。僕はアムロさんじゃない」


 健太は頬を膨らませ、抗議の意思を示した。


「アハハ、一緒に暮らすのだ。アムロでいいよ。ボクも君を健太と呼ぶからね」


 アムロ、アムロ、アムロ。……胸中、繰り返す。……アムロ、君は男性なのだろう?……今更、女性と言われたら困ると思った。


「ボクは、男でも女でもないよ」


「エッ?」


 尻子玉ならぬ、度肝を抜かれた。


「それともボクとイヤラシイことがしたいのかな?」


「ま、まさか……」


 ゴクンとのどが鳴る。強く否定できない自分が怖かった。


「少なくとも今のボクは男でも女でもない。君に性的な関心はないので安心してくれて良い。まさか、と思うけど。ボクの操を狙ってはいけないよ。血を見るからね」


 アムロの目が笑った。


 カッパの身体のどこで、何ができると言うんだよ!……声にならない抗議の声をあげた時、ふと思い出した。口元の色が、赤青黄色のどれかで性別が分かる、という話だ。


「アムロの口元は黄色だけど、それは男でも女でもないということだね?」


「覚えていたんだな。赤は男子、青は女子の印さ」


「それで黄色はどういう性別なのかな?」


「まだということだよ」


?」


 不思議な話だと思った。


「ああ、ボクたちはが来たら、自分で性別を決めるのさ」


「便利なんだね」


「それが進化というものだよ。身体が小さいのは、最小限のエネルギーで生きていくためだし、性別を自分で決められるのは、好きな相手ができた時に、相手に合わせて変更できるようにさ。身体を大きくしている人類とは異なっているんだ。人類といい、恐竜といい、地上の動物は、どうして大きくなろうとするんだろうね」


 アムロの話は人類に対する嫌味以外の何物でもないと思った。


「川には水面があるけど、地上には天井がないからね」


 嫌味を嫌味で返してみた。


「そうやって地球の温暖化を招いたのだよ」


「肉体の縮小といい、性別の選択といい、カッパの進化が正解なんだね」


「巨大化した恐竜が滅び、生き残ったのが身体の小さい哺乳類だった。人類が滅んだ後、地球の支配者になるのは身を潜めていたカッパ族かもしれないな」


 アムロの口調は得意げだった。


 悔しいので話を変える。


「……口元が黄色なのは性別が決まっていない。つまり独身の印ということだね」


「独身というのとは違うな。一度性別を決めたら、その後の変更は難しい。伴侶と別れた後は、そのままの性別で過ごすことになる」


「アムロは、いつ選択するつもりなんだい?」


「そんなものは、その時になってみないと分からないよ。……さあ、明日は早い。金塊を現金に換えてスマホとパソコンを手に入れなければならないからね。休もう」


 アムロはそう言うと目を閉じた。


 カッパとの遭遇、カッパ族の国へ拉致され、そして使命と金塊を預かって帰還。たった一日で強烈な経験をしたからだろう。神経がたかぶっていて、容易に眠りに着けなかった。


 アムロの寝顔を見ていた。


 完全にリードされているなぁ。格の違いを見せつけられているようだ。……悔しくはなかった。アムロは101歳で経験の差は歴然。仕方がないことだ。


 何て愛嬌のある顔だ。……触れたくなって手を伸ばした。が、思いとどまって手を引いた。ふとゆるキャラが頭に浮かんで検索した。北海道から九州まで、いくつかの市町村がカッパをゆるキャラにしていた。


 人類とカッパ族の外交関係、何とかなるかもしれないな。……そんなことを考えたからかもしれない。いつの間にか眠りに落ちていた。


 目覚めた時には頭痛がした。ぼんやりと竜宮城の夢を見た記憶がある。送り迎えするカメはアムロで、乙姫様もアムロだ。楽しくない夢だった。


「ん?」


 隣にいるはずのアムロの姿がなかった。

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