第14話
「ここだな」
リサーチ済みなのだろう。健太がアパートのドアの前で足を止めるとアムロが言った。
「ああ、そうだよ。本当にここに住むつもりなのかい? 狭いけど」
尋ねながらアムロを背中からおろした。正直、他人と空間を共有するのは苦手だ。それがカッパなら尚更だ。
「カッパが知的生命体だと人類が認めるまでだよ」
健太がドアを開けると、腕の下をかいくぐるようにアムロが入っていく。そうして言った。
「小さな部屋だな。ヨーロッパ人にウサギ小屋だと言われたのもうなずけるよ」
「何の話?」
濡れたスニーカーを脱ぎながら尋ねた。
「なんだ、知らないのか。……人類の歴史にして西暦1979年のことだ。当時の欧州共同体のレポートで、日本人はウサギ小屋に住んでいると報告された。日本人の住居の一人当たり床面積は36平方メートル、イギリスは44平方メートル、アメリカ65平方メートル。狭いのは間違いないが……。ここはどれくらいだい?」
アムロはペタペタと音を鳴らして6畳一間の部屋に上がり込んでいた。
「へ?」
考えたこともないので答えに詰まった。とりあえず、つま先立ちでユニットバスまで歩き、濡れた衣類を脱いで全裸になる。
「部屋は6畳、台所が3畳ほど、それとバスルームとトイレか。……ざっと18平方メートルというところだな。日本人平均の半分だ。ウサギ小屋どころかネズミの巣だな」
アムロが勝手に計算し、「バスルームを借りるよ」と言って健太を追い出した。その時、大きな目が健太の裸体をチラ見してクスッと笑った。
「芸能人は歯が命。カッパは皿が命。少しだけ、命の洗濯をさせてもらうよ」
シャワーの音がバスルームからこぼれた。そんなものは健太の耳には留まらなかった。
「そんなに狭いのかぁ」
自分の生活環境が世間の水準から劣っていると薄々気づいてはいたけれど、改めて指摘されると脱力した。その部屋は学生としては平均的なものだと思うけれど、社会人の生活拠点としては貧弱に違いない。とはいえ、アルバイト暮らしでは、それ以上良い部屋に住むのは不可能だ。
タンスから衣類を引っ張り出して身に着けると、脱いだGパンのポケットからあの小さな金塊とスマホを取り出して机代わりのコタツに置いた。コタツ布団をはずしたそれは、座卓として使用している。
「広い部屋に引っ越すかぁ」
黄金のキューブを手にして考えた。……これは本物の金だろうか? 本物だとして、これから先もそれが提供され続けるのだろうか?
アムロがいるバスルームのドアに目を向けた。
――人間とカッパ族の間に道を切り開きたい――
コマツの言葉を思い出す。それが無理だと分かったら、彼は金の提供を止めるだろう。
「無理だぁ」
広い部屋への転居はあきらめた。
「オッ……」ポッと浮かんだのは浦島太郎だった。スマホを手に取り日付を確認、水中に引きづり込まれる前と変わってないことにホッとした。それからネットニュースとSNSを確認、〝カッパ〟で検索した。
アムロの写真がSNSに乗っていた。
「うあー!」
情報の早さに驚いた。
「ナニ、ナニ……」
アムロがバスルームから顔を覗かせた。
「アムロのことが、もうネットに載っているよ」
「さっそく効果がありましたか……」
アムロは健太の手からスマホを奪い、水かきのある指でサクサクと文字を打った。
「僕のスマホで何をするんだ」
慌てて取り上げようとしたが、手を払われた。
サクサク指を滑らせるアムロ。
「出来た……」
「何が?」
「ボクのアカウントを作ったんだ」
「へ、僕のスマホに?」
「あぁ、そうだった。しくじった」
アムロがカラカラ笑った。
「笑い事じゃないよ」
「それでは福島さん、新しいスマホを購入してもらえるかな、ボク用の。……あぁ、それとパソコンもあるといいかな。動画の編集はパソコンの方が楽だろう?」
「まさかそれって……」
「安心してくれ。編集は、君には頼まないよ。設備だけ用意してくれればいい」
アムロが小さな金塊を指差した。
まじまじとアムロの顔を見つめてしまった。黒々とした瞳と黄色い筋で縁取られた嘴状の口。そこから感情を読み取るのは難しい。その嘴が――ここからは福島の世界だ――と言ったはずだ。それなのに今、仕切られているようで面白くない。
「分かった。明日、準備するよ。それより、いつまで行動を共にするのか見当もつかないけど、衣食住の習慣を確認しておきたいな。食事とか寝床とか……。やっぱりキュウリが好物なのかい?」
「心配いらない。人間が食べるものならボクは食べられる。問題はベッドだな」
アムロがベッドに目をやった。
それは僕のベッドだ。……健太は心中、主張した。
「ひとつしかないのだから仕方がないな。君と一緒に寝よう」
「へ?」
開いた口を閉じることができなかった。
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