第12話

 人類とカッパ族との橋渡しの助力。そんな難しいことができるはずがない。……健太が考えていると、アムロが耳元に顔を寄せた。


「神はすべての存在に対して平等に命と権利を与えてくれた。負っている義務も平等です」


「君は聖職者なのかい?」


 驚いて、アムロに問い返した。


「カッパ族は、全ての者が聖職者です。神を敬い、全ての命を敬っている」


「アムロ、止めなさい。神を持ち出すと問題が複雑になるだけだ。神は各自の胸の中で生きていればいい」


 コマツはそう言って制すると、健太に視線を戻した。


「福島さんが無神論者なのは知っています。私は、カッパ族の神をあなたに押し付けるつもりはない。その神が唯一絶対のものなら、カッパ族と人類を戦わせることはなかっただろう。その万能の力を持って、両者をひとつにまとめたはずだ……」


 彼はアムロに目を向ける。


「……アムロよ、つまりカッパ族の神は、カッパ族の中だけで唯一絶対な存在なのだ。種族と種族、神と神を超えたところに、さらに偉大なものがあるとするなら、全ての種族を包含するさらに高次の神だ。そうした神が現れるまで、現在の神はそれぞれの種族の中だけで信仰すればよい……」


 コマツの黒い瞳が健太に向く。


「……大切なのは、地球上の知的生命体が協力し、地球というかけがえのない惑星を守ることであり、そのために人類とカッパ族の間に良好な関係を築くことなのです」


「おっしゃることは分かりますが、どうやってそれを成すというのです?」


 健太は尋ねた。そんな都合の良いことができるのだろうか?


「そのためにはお互いのことをよく知りあう必要がある。これまで伝説と語られてきたカッパ族の存在を、正しく人類に知らしめて交流を図りたい」


 彼の熱い視線に、健太はたじろいだ。


「……目的は分かりますが、それなら、政治家と交渉すべきではないでしょうか? 私などに可能とは思えません」


「福島さんは、私を信じてくれればよい。そしてアムロを人間の世界に連れて行ってほしい」


「アムロを?」


 アムロに目を向けた。当のアムロは、先に注意されたのが面白くないのか、置物のように立っている。


「アムロは101歳。もう大人として何事でも成せる年齢です」


「人間の世界で、人間に化けて暮らすのですか?」


「それでは意味がない。あくまでもカッパとして暮らしてもらう。それにカッパの変身能力については伏せておきたい。カッパが変身できると知られたら、スパイのように隠れているのではないかと、人間が不安になるでしょう」


 コマツがコホコホと咳をした。


「福島さんにはアムロの身元引受人をお願いしたいのです。人間が少しでも安心できるように」


「身元引受人……。僕が……?」


 今まで常識ある日本人として平穏無事に暮らしてきた。しかし、アルバイトの身分だ。カッパの身元引受人になることなどできるだろうか?


「日本人は、現実主義者です。どんなに優れた論理も目に見えないものはなかなか信じない。信じられないものはないことにしてしまう。が、目で見たものは不可解なものでも信じます。普通の人間が、カッパと普通に暮らしているという事実に意味があります」


 コマツが静かに語った。


「それでは、アムロは見世物になってしまいますよ」


「しばらくは、それも仕方がないでしょう。インターネットの動画サイトなども便利だから利用するとよい。あっという間にカッパ族のことが世界に広まる」


 動画サイトと聞いて、困惑した。動画を視たり、音楽を聴いたり、ゲームをしたりしてはいるけれど、データをアップしたことはない。そんな困惑をコマツは察したらしい。


「インターネットのことならば、アムロに任せてください。ペンタゴンのサーバーに侵入する程度の実力を持っていますからね」


 コマツが言った。


「いやそれは……」かえって危険すぎるものを引き受けることになる。……さらに躊躇することになった。


「ボクは、見世物になるのは嫌だな」


 アムロも不服そうだ。


「ただ見世物になるのではない。カッパ族の複雑な心と豊かな知性、卓越した能力を人類に伝えるのだ。そのために見世物になる程度のことは、カッパ族のために辛抱しなければならないよ」


 コマツが言い含める。そして健太に目を向けた。


「アムロはきっとあなたのお役にたつでしょう」


「でも……」


「必要な報酬は出しましょう」


「報酬?」


 グラリと気持ちが揺れた。


 コマツは枕元の袋から光るものを取り出した。


「カッパの世界に貨幣はありません。が、電子機器を作るために海水から金を抽出しているのです」


 彼が指しだしたのは、1辺が3センチほどの立方体の金の塊だった。


「これを……」


 手のひらを差し出すと、そこに金の塊をひとつのせられた。小さいのに、とても重い。


「……約521グラムになります。人間の市場価格なら……」


 彼がアムロに目を向ける。


「グラム4千円ほどだから、200万円ぐらいかな」


「200万!」


 金が高価なのは知っていたが、改めて驚かされた。手のひらの小さな金属をしげしげと眺めた。


「毎月ひとつ、それを届けましょう」


「エッ!」


 毎月200万も払うというのか!……グラリ、グラリ、心は揺れた。もう倒れたに等しかった。


「……すべて、人類のためなのです」


 コマツにそう押し切られた。いや、喜んで提案をのんだ。

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