第11話
「実は、今回の原発事故の件で、カッパ族の中に人類に対する敵意が芽生えています。明日にも地上を攻めようという強硬派もいるのです」
コマツが咬むようにゆっくりと話した。
「そんな! 戦争なんて……」
健太は、すれ違ったカッパたちの赤い眼を思い出した。地球が、食物が、放射能に汚染されてカッパ族がコマツのようになる危機的状況に置かれている以上、彼らが人間を憎むのは当然だと思った。
しかし、あれは事故なのだ。日本人にも電力会社にも悪意はない。確かに電力会社には
しかし、どのように言葉を並べ替えてみたところで、カッパ族の生命と生活が脅かされているという事実が変わるわけではない。致命的な事故は現実に起きている。事故原因をいかに合理的に美しく言い繕ってみたところで、謝罪の言葉を並べてみたところで、納得できることではないと、職を失った健太自身が一番良く知っていた。
静かにコマツが語り出す。
「カッパ族の中にもいろいろな考え方をする者がいます。静かに現状を見守ろうというもの、人類を制圧しようというもの、人類との友好的な交流を図り、そのうえで導こうというもの。私は、交流を図ろうと考えるものの一人です」
彼は手のひらを健太の顔に向けた。それは何らかの友好的な挨拶なのだろう。
「そうしてください。だって、制圧だなんて無茶です。日本の自衛隊を知っていますか? 世界でも5本の指に入る軍隊です。それに、日本にはアメリカ軍も駐留している。アメリカ軍は世界一の軍隊ですよ。制圧しようとしたら、カッパの皆さんの被害がどれほどになるか知れません」
心のどこかに彼らを脅かし、戦いをやめさせようという気持ちがあった。彼らのためではない。自分の安寧のためだ。
ところがコマツは、そんなことは知っているとでも言うように落ち着いていた。
「今戦えば、カッパ族は勝利するでしょう。しかし、その時、人類が核兵器を使う可能性がある。そうすれば、また地球が死んでしまう。私たちのために罪もない多くの種族や生命が滅ぶのを許してはなりません」
彼の言葉は力強かった。その言葉を止めたのは彼の咳だった。激しい咳が、彼の呼吸を詰まらせた。
アムロが慌てて父親に近寄り、頭の皿に水色の液体を垂らした。薬なのだろう。液体が白い皿の上に広がり、
「これ以上、地球を汚してはいけない」
落ち着いたコマツが必死の言葉を振り絞る。
「人類が核兵器を使うというのですか?」
「人間がカッパの国を攻撃できるとしたら、水中でも威力のある核兵器ぐらいだよ」
そう答えたのはアムロだった。
「プライドの高い人類は、妖怪と思っているカッパの言う事などに耳を傾けないでしょう。それどころか逆に、カッパ族を捕えようとするに違いない。そうすれば、局地的ではあるけれど、少なからず生死をかけた戦いになります。ご覧のとおり、カッパ族は優れた文明を持っています。武器といったものは無いのですが、通常の工作機器でも、人間の船を沈め、戦闘機を打ち落とすことはたやすいのです……」
コマツはそこまで言うと一息ついた。
「……もし、人類に死者が出れば、人類はカッパ族を許さない。カッパ族が優れた生物だと知ったら尚更、人間はその力を誇示しようとするに違いありません。だから、カッパ族はこれまで息をひそめて暮らしてきました。時折幼い者が地上で見られましたが、伝説の域を出ずにすんだ。……カッパ族は、人間でいえば、忍の心を育んできました。武士の高潔な魂を持つことに、カッパ族は強い誇りを感じています」
カッパにも武士の魂があるのか、と変なところに健太の気持ちが引っ掛かった。
「それで私を何のために連れてきたのですか?」
健太はまだ理解できなかった。コマツは道を開くというけれど、自分に何を求めているのだろう?
「僕は、人類に警告できるような力も権威も、ルートも持ち合わせていません。政治家が僕などの言うことを聞くはずもなく、核を放棄するとも思えません。原発事故で川を汚してしまったことは、人類の一人として詫びますが……」
健太はコマツに向かって深く頭を下げた。
「いやいや、頭を上げてください。私なりに人類の歴史を研究し、人間が原発を作った事情は理解しているつもりです」
コマツの穏やかな声に胸をなでおろし、健太は頭を上げた。
アムロが嘴を開く。
「しかし、地球は人間だけのものではありません。日本という土地も、日本人だけのものではありません」
「アムロの言う通りなのです。人間は登記などをして、土地を所有しているつもりになっているけれども、それは人間にしか通用しないルールです。渡り鳥が諸国をめぐり各地で翼を休めるのは、そこが誰のものでもないからです。そのような基本的認識とカッパの存在とを世界に知らしめるべきだ、というのが私の考えであり目的です。その手伝いを福島さんにお願いしたい」
コマツが言葉を切って休んだ。
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