第10話

 自分の非を認めた健太に対し、コマツの眼差しは暖かかった。


「うむ。素直でよろしい。……核エネルギーの利用は慎重でなければならない。核の暴走の下で残ることができるのは石や砂などの単純な鉱物だけなのだからね。……戦争という手段を後悔した私たちの先祖は、核物質とともにハイパーニュークリア技術を地底深くに埋めて石のモニュメントを残した。かつて優れた文明が存在し、危険な技術を封印した証として。……そして、地上で文明を育む人類への警告として」


「エジプトのピラミッドとか?」


 健太の問いに、コマツがうなずいた。


「オーバーテクノロジーという言葉を知っているかな?……その時代の技術ではなしえない高度な技術のことです。……そうした高度な加工技術で造られたモニュメントが、アフリカやヨーロッパ、中南米、南極大陸と、世界各地にある。……それらの遺物の中には、加工装置を引き継いだ人類によるものもあるが、カッパ族によるものも多い。……残念ながら、そうした警告を、今の人類は気づいていない」


 コマツの人類に対する苦言が、自分一人に突き付けられたようで苦しかった。


「南極大陸にもあるのですか?」


「あぁ、まだそれは見つかっていなかったね。厚い氷の下に巨石で造られた都市が眠っているのですよ」


 もはや、彼の言葉を健太は疑っていなかった。ただ、彼に向き合うのが苦しい。


「オーバーテクノロジーのレベルに達するまで、遺跡の地下に眠る技術には触れるな、ということなのですね?」


「いや……」コマツが首を振った。「……重要なのは技術ではない。それを操る者たちの精神レベルなのです」


「父さん、先人の警告に気づかないのはカッパ族も同じだよ。ハイパーニュークリアの研究を進めている連中もいる」


 アムロが吐き捨てるように言った。


 コマツが困ったように再び首を振り、そして口を開く。


「……確かに、ハイパーニュークリア技術を放棄したカッパ族は自然エネルギーの研究に取り組んだ。しかし、核そのものの研究を放棄してはいない。来たる地球最後の時、宇宙で生きるためにはハイパーニュークリアの技術が必要だと考えています。かつて人類が宇宙に旅立ったように……。しかしその強大なエネルギーは、あっという間に命を焼きつくしてしまう。先立つものは、放射性物質の無害化技術なのです。それは核の研究と表裏一体。難しいものです。……ご覧のとおり、核によって破壊された細胞の治療方法さえ、まだ見つけられていない」


 コマツは両手を広げて自分の斑模様の姿を示した。


「エネルギーを作るこの皮膚は人類よりデリケートなのだ」


 アムロが言った。


 健太は、コマツの言葉を一所懸命に理解しようと努めていた。地球の滅亡、核のコントロール、放射性物質の無害化、光合成する皮膚。……理解しがたい話ばかりだ。それが理解できないからといって、それらの話が嘘やハッタリなどでないことは、コマツの態度とカッパ族の建築物を見れば想像が出来た。


「私は文化人類学者です。これでも、カッパの世界では著名なのですよ。……ほぼ300年、人類を研究してきました。そして100年ほど前から、人間が核の研究に注力し始めたのを察知、注目してきました。私以外にも、数名の科学者やジャーナリストが人類の動きを観察しています」


「先生……」無意識の内に、そう呼んでいた。「……もしかしたら、コマツ先生の病の原因は原子力発電所の事故ですか?」


「その可能性は少なくない。私は隈川のアユやナマズが大好きなのですよ。しかし、私が摂取した放射性物質が発電所のものか、あるいは原子力潜水艦から漏れだしたものか、それとも過去に人類が行った水爆実験によるものなのか……。それを特定するのは難しいでしょう」


「人類は、核をどうしようとしているのかな?」


 アムロの疑問に応じる知識を、健太は持たなかった。核は、彼が産まれる前から爆弾や発電に利用されてきたが、その危険性を知ったのは発電所の事故があったからだ。政府は、除染費用に数兆円を見積もっているが、それでも不十分だという識者がいるほどだ。


 先人たちは、そうしたリスクを知ったうえで原子力の活用を謳ってきたのだろうか?……それに対する一つの答えは出ている。原子力発電所建設を促進してきた元総理が、今になって原発反対と声をあげている。


「僕には分かりません。元総理が、現職時代、原子力発電が危険なものだと知らなかったくらいですから」


「それなら知っているよ。まったく、お笑い草だね」


「アムロ、知らない者は、自分が知らないことを知らないのだ。それを笑ってはいけない。問題は、知る努力をしたかどうかということだ。知らないことを知れば、行動が変わる。その時問われるのは、判断を中止する勇気があったかどうかということだ」


 コマツに叱られたアムロが嘴を結ぶ。


 空気が重い。……健太は訊いた。


「それで、どうして、僕をここに連れてきたのですか?」


「友人だからですよ」


「へっ、……友人?」


 健太の躊躇を置き去りにして、コマツが話を進める。


「あなたと知り合えたことを幸い、と思いましてね」


「ミチ……」


 くうをつかむような気持ちで、コマツの言葉に耳を傾けた。

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