第9話

 2万年前の戦争、核、消えた大陸。……2万年前といえば、石器時代だ。そこに核兵器を所有する二つの文明があった? 現代人の歴史の中には、人間以外の知的生命体は存在しない。カッパも宇宙人も、公式には非科学的存在として取り扱われる。まして、世界の四大文明が生まれるより遥か昔に、核戦争を行える文明があり、カッパ族も地上で暮らしていたなどと、誰が信じるだろう。


健太の思索をコマツの言葉が遮った。


「戦争で滅んだ二つの文明。そうしてわずかに生き残った人間の一部が逃げ込んだのが、トルコのカッパドキアです」


 カッパドキアがカッパとの戦争の遺跡?……脳裏を、窓が点々とあいた赤茶色のサイロのような構造物が浮かんだ。もちろんそこに行ったことはないけれど、その地下が迷路のようになった都市だという知識はある。


 もしかしたらジョークなのか?……コマツが笑いをとろうとしている、あるいは、突っ込みを期待しているのかもしれない。もしそうなら、病床のコマツのために、彼のボケに反応してあげるべきだ。……健太はアムロに目を向けた。


「ジョークだよ。カッパ、どきな、って駄洒落なんだ。……父さん、彼が困っているよ」


 やっぱりジョークなんだ。……反応できなかったことが悔しい。


「そうかね……」コマツの目尻が下がった。「……しかし、戦争があったことは冗談ではないですよ」


 健太は再びアムロに目を向けた。


「本当の話です」


 アムロが小さな声で応じた。


「一発の核兵器は、百発の報復の引き金になります。そして、そのために核の嵐が吹き荒れ、人類もカッパ族も文明を失いました。そうして疲弊した2者の間で平和協定が結ばれたのです。……、……と」


「そんな昔に文明が存在していたのですね。驚きです」


「当時は、カッパ族だけではなく人類も高度な文明を築いていました。現代の人類よりはるかに進んでいたはずです。そうした文明が滅びた結果、一部の人類は汚染された地球を捨て、新天地を求めて宇宙へ旅立ったと記録にあります」


 コマツが顔の前で両手を合わせて祈るようなしぐさをした。そこに僅かながら、人間とカッパの共通点を見たような安堵を覚えた。


「君たちは文明を失った人類の子孫なのです」


 そう言ったのはアムロだった。


 なぜだろう?……コマツの言葉は素直に聞けるのに、アムロの言葉はいちいち苛立ちを覚えた。


「文明を失った?」


 今の人類にだって文明はある。そう言ってやりたかった。


「どうして人類が地上を支配し、カッパ族が水中を支配する形にしたと思いますか?」


 訊いたのはコマツだった。


「多少なりとも人類が優位な立場にあって、暮らしやすい地上を取ったのでしょうか?」


「いいえ、ハイパーニュークリアを扱えるような人間は、仲間を見捨てて宇宙へ旅立ったのです。残された人類は水中で生きられるような技術を持たなかった。それでカッパ族は地上を人類に譲ったのです」


 知識人は仲間を見捨てて宇宙に旅立った? 人類がカッパ族の憐れみを受けて地上に住んだ?


「本当ですか……?」信じられない。……思わず、訊き返した。


「私が負け惜しみを言っているとでも?」


「いいえ……、一部の人間が、無力な仲間を見捨てて宇宙へ旅立ったという話のほうです」


 慌てて言い繕った。

 

「ああ、……人間が仲間を見捨てるはずがないと言いたいのだね」


 改めて言われると、スッと気持ちが冷めた。……僕は間違っていた。


「いいえ、逆です」


「逆?」


「人間は自分を守るためなら、他人を見捨てるものです。もちろん、例外もありますが。やっぱり、……そんな気持ちです」


「福島さん、冷めていますね」


「事故で職を失いました。誰も助けてくれることはなかった。地球に残された人間は、僕みたいに何もできない者たちだったのでしょう」


「福島さんは除染の仕事に就いているではありませんか? それも立派な仕事だ」


 コマツの口調は、進路に悩む生徒を教える教師のようだった。


「僕にとっては、ハイパーニュークリアを失ったようなものです」


「簡単にハイパーニュークリアを持ち出してほしくはないですね。……核はいけません。あれをコントロールするのは容易ではない。事故の後始末に要する時間も労力も、膨大なことは福島さんも身に染みて理解しているでしょう。それは宇宙の時間からすれば、僅かな時間ですが、生命の時間では測れないほど長く尊い」


「そうですね。僕が間違っていました」


 コマツの言葉は常に正しかった。

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