第8話
「ところで、コマツさんはどこが悪いのですか?」
健太は分かりもしないカッパの容態を尋ねた。市販薬で治るなら、手に入れてやろうと思った。人間の薬は、カッパのそれより優れているに違いない。
「話しても分からないでしょう」
「と、言うと?」
「健康なカッパの肌の色は緑色なのです。そして老いると黄色や赤色に代わっていくのです」
斑だと思っていた肌はもともとのものではなく茶色の斑点が現れたものらしい。……改めてコマツ・カッパ・ドーモンの肌を見なおした。
「植物の紅葉のようですね」
「ボクたちの皮膚には、葉緑素があるからね」
後ろに控えていたアムロが静かに言った。いつの間にか、カッパの姿に戻っていた。
「お陰で光さえあれば海底や地底でも酸素とエネルギーを得ることができるのです」
コマツが言った。
「自分の身体で栄養と酸素を創りだしているというわけですか?」
「もちろん、それだけで生きていくことはできないけどね。ボクらは植物じゃないから。……父さんの場合は特別だ」
コマツが小さくうなずいた。
「私のは病気です。簡単に言えば、内臓が壊れているのですよ。肌に茶色の斑点が現れているのが、死にかけている証拠なのです。これは老化ではない」
コマツが腕を持ち上げて見せた。
死にかけている。……彼の話に応じる言葉が見つからない。見え透いた同情を口にするのは躊躇われたので話を変えた。
「この光はどこからきているのですか?」
健太は、ぼんやりと輝いている天井を見上げた。
「ヒカリゴケの光とLEDです。電力は水力を利用している。上は川だから……」
アムロが天井を指さしながら解説した。
LEDランプも盗んだのか?……健太は見上げながら考えた。
「……環境への負荷を最小限にしている。そこは人間と異なるところだよ」
アムロの声には自信と誇りがあった。
「こうなると自らの力でエネルギーを作ることができない。こうして私は枯れていく」
コマツが自分の肌を労わるように擦った。
彼の言葉は、アムロの高慢な態度を謝罪するような気持があふれている。それでブツブツと突き出した健太の心の棘が、撫でるように削がれた。
「私を見たときに、救われると言っていましたが、私が治療の役に立つのでしょうか? 人間の薬が効くのなら買ってきますよ」
小松さんのことは好きだ。だからといって尻子玉を彼にやるほどの関係じゃない。今は彼らのご機嫌を取り、解放される方向に話を持っていくしかなかった。
コマツは深呼吸をすると話し始めた。
「私は運命に抗うつもりはないのです。まずは、私の話を聞いていただけるかな?」
「え、ええ。いいですよ」
ざわつく胸を押さえて、彼の言葉に耳を傾けることにした。
「かつて、カッパと人間は戦っていたのです」
「……それは初耳です」
言葉にこそしなかったが、彼の話にはがっかりした。知りたいのは、過去の戦争のことなどではなく、今の自分のことだ。
「人間の中では伝えられていないのですか?」
その口調は厳しい。
「え、ええ……」
返事は嘘を見破られた時の子供のように弱々しい。健太は、カッパとの戦争を伝えてくれなかったご先祖様を恨んだ。
「やはり、そうでしたか。なんとも情けない」
それは
彼が心底落胆したような溜息をついた。自分の病気や健太の安らぎより、戦争の記憶の有無が重要だと考えているようだ。
ピンチはチャンスだ。……健太は気持ちを切り替えた。
「教えてもらえますか?」
コマツの関心に共感を示す。信頼を得るテクニックだった。
彼が目尻を下げた。
ヨシッ! これがベストな対応だ。……自分を褒めてあげたいと思った。そんな瞬間がマラソンランナーでなくてもあるものだ。
「ムー大陸やアトランティス大陸を知っていますか?」
またもや、コマツの口から飛び出した言葉に面食らった。ピンチはピンチでしかないのかもしれない。
「いいえ、……何も知らなくて、恥ずかしいです」
「ムー大陸は、かつて太平洋に、アトランティス大陸は大西洋にあった大陸です。どちらも
彼はため息をひとつつき、再び嘴型の口を開いた。
「……消え去ったアトランティス大陸で人類は高度な文明を築いていた。ムー大陸にはカッパ族が……。かれこれ2万年前のことです。人類とカッパ族は
「ハイパーニュークリア?」
「日本語にしたら超核とでもなりましょうか」
「チョーカク?」
脳内をゲーム、三国志のキャラが過った。
「そうです。超核です。それは地殻さえ動かせるものでした」
近くを動かす?
あっ、地殻変動の地殻か。……思い浮かんだのは、某大国が開発しているという核兵器の話だった。地殻付近で核爆発を起こし、巨大地震を起こすという兵器だ。
「チョーカクのカクって、核兵器の核ですか?」
「ええ、……愚かでした」
「え? ええ?……」地震を起こす兵器は、未来の話ではなかったか?
「当時はハイパーニュークリア・エネルギーを様々な機器に使用していた。小型レーザー装置で石材や金属を加工したり、それらを運搬したり……」
「まさか、そんな技術が……」
「そのまさか、です。それを使えば宇宙へも簡単に行けたそうだ」
「そのハイパーニュークリア・エネルギーを戦争で使ったということですか?」
「ええ、大陸を消し飛ばすのも一瞬のことだったようです。今の者はひどいことをしたといいますが、当時は、そうしなければ多くのカッパが死んだろうから仕方がなかった。そうした意見が主流だったようです。今でも同じことを主張する輩が、カッパ族の中にもいるのが現状です」
「ハァ……」
彼が言うことは事実なのか?……疑う以前に、その言葉の中身が想像を超えていた。
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