第7話

 その部屋にいたのは、横たわった茶と青のまだら模様の皮膚のカッパだった。眼を閉じていて、静かに寝ているように見えた。


「父さん。具合はどう?」


 父さん?…… 健太はアムロと寝ているカッパを見比べた。顔かたちは分からないけれど、その皮膚は明らかに違っている。通路ですれ違ったカッパの皮膚も深い緑色だったから、明らかにアムロの父親は、と違っているのだ。


 病気なのだ。……健太は確信した。


「アムロか……」


 斑模様のカッパが目を開けた。黒い瞳に力はなかったが、ガラス玉のように澄んでいた。


「連れて来たよ」


「おお。福島健太を連れてきてくれたか。これで私は救われる」


 その言葉に、健太は不吉なものを感じた。病んだ者が救われるのは、医者が来たときか、薬がもたらされた時と相場が決まっている。自分は医者ではないから、薬のほうなのではないか? それも薬剤師ではないから、薬そのものである可能性が高い。〝尻子玉〟……脳裏を意味不明な言葉が過った。


 アムロに目をやる。


「危害は与えないと言ったよね?」


「うん。ボクは、危害は与えないよ」


〝ボクは〟だって? 父親は違うのか?……まだら模様のカッパに視線を戻し、身構えた。


「安心してくれ……」


 斑模様のカッパが前おきして話しはじめた。


「……福島健太さん。君と会うのは初めてではない。私は、コマツ・カッパ・ドーモン。隈川の川べりで語り合った釣り人ですよ」


「エッ? 小松、……まさか……」


 釣った魚を川に投げ戻す小松土門を記憶から引っ張り出した。目の前のカッパとは似ても似つかない姿だが、その話口調には聞き覚えがある。


 とはいえ、なるほど、病気のために小松さんは消えたのだ。そう単純に考えられるわけがなかった。小松さんは人間だったのだから。


「あなたが、あの小松さんだというのですか? ×××会社で働いていたというのは……」


「ああ。だましていたことは謝ります。カッパ族は、100歳を超えると変身する能力が身に着くのです。人間の前にカッパの姿のままで現れるのは危険なので、小松土門の姿で会っていたのです。×××会社で働いていたというのも、話をあわせるためでした」


 その言葉に知的なものを感じた。しかし、カッパは妖怪であるという観念がそれを受け入れることを拒んだ。まだ、健太は彼を疑っていた。


「それは便利だね。できたら、仮面ライダーに変身した姿を見てみたいものだ」


 つまらない猜疑心さいぎしんが、つまらない冗談を吐かせた。


「ああ。体調がよくなったら、……いや、アムロ。おまえが仮面ライダーに変身して見せて御上げなさい」


 コマツが微笑んだ。正確には、微笑んだように見えた。


「仮面ライダー、ですか?」


 アムロは不服そうだ。


「リクエストだからね」


 アムロが健太をにらんだ。


 カッパにどれだけの能力があるのか知らないが、仮面ライダーを知らなければ化けられるはずがない。……健太は高をくくっていた。


 アムロはプイと横を向くと足を肩幅ほどに広げ両腕を右側に伸ばした。


「エッ?」


 小さな期待が胸の中でふるえた。


「ヘ・ン・シ・ン……」


 アムロは両腕を、円を描くように回して左斜め上で止める。それは仮面ライダーV3の変身ポーズだったけれど、緑色の仮面ライダー1号に変身した。


 変身ポーズも目の前に現れた仮面ライダーも、健太が知っているそれとはまったく違った。しかし、緑色でバッタ顔のそれは仮面ライダーに違いないだろう。


「おお!」


 健太は感動し、思わず拍手した。昭和の時代の仮面ライダーを知らない。アムロが逸れに変身したのは、おそらく101歳という年齢がそうさせたのだと解釈した。


「しかし、小さいな」


 思わず言って、仮面ライダーの頭に手を置いた。アムロが変身した仮面ライダーは、元々の身長のままで健太の胸ほどしかなかった。


「え、もっと大きいの?」


 仮面ライダーが訊いた。


「180センチはあるんじゃないかな?」


「ほう……」


 一言発した仮面ライダー。「えいっ」と、その場で宙返りをした。


 そうして立った時には、健太の身長を超えていた。


「おお!」


 思わず喉が鳴り、1歩下がった。


「少しやせたような気がする」


 率直な感想を口にすると、「気のせいだよ」と仮面ライダーが応えた。


「あっははは」


 後ろでコマツが笑った。


 健太は彼に向き直り、改めて尋ねた。


「カッパが変身できるのは分かりました。しかし、小松さんは洋服を着ていましたが、あれはどうしたのですか?」


 素朴な疑問をぶつけた。


「私は裸でしたよ。人間は見たいものしか見ない。だから、私の皮膚が洋服のような色形をしていたので、洋服を着ていると思ったのですよ」


「私の錯覚ですか?」


「錯覚とは違うな。思い込みと言った方が当たっています」


「なるほど。しかし、本当にカッパがいるなんて、驚きました」


 健太はコマツと仮面ライダーに目をやった。


 仮面ライダーの姿をしたアムロが椅子を用意してくれたので、それに掛けた。


「伝説だと思っていたでしょう?」


 コマツの眼が笑った。


「もちろん、そうです」


 健太とカッパの会話は、一昨日、隈川の川べりで語り合った時のような親しいものに戻っていた。

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