第6話

 光の量が減っていた。


 深い淵にいるのだ。……健太はアムロの背中で上空を見上げる。深い紺色に変わっていた。


 前方に秋田で見たのようなドーム型の建物らしきものが見えてくる。やはり、水圧に耐えるためだろうか?


 それはひとつではなかった。ポツリポツリと岩陰に点在している。


 健太は背負われたまま、その中のひとつに入った。扉はなく、まるで壁に浸透したようだった。そうして、いきなり水のない空間に出た。


 外から見えていたのは建物の一部なのだろう。内部は外部から見たような小さな空間ではなかった。ホテルやタワーマンションのロビーのようなゆとりのある空間だ。ただ、ホテルなどと違って装飾的なものはほとんどない。


 ドームから四方に向かって通路がのびている。ドームは出入り口で、居住区は地下に広がっているようだ。


 驚くべき文明!……健太は眼を瞬かせ、そして首を振った。


 いやいや、蜂だって立派なハニカム構造の巣をつくる。このドームだって、本能レベルのものかもしれない。ビーバーの巣と同じだ。ときに進化は生物に驚異の能力を授ける。それは奇跡だ。……健太は委縮しそうになる自分を奮い立たせた。


 シンプルな室内は明るく、空気も乾いていて快適だった。


「ここは、竜宮城ですか?」


 半分は率直な感想で、半分は世辞のつもりだった。


「君は、竜宮城があると信じているの? ボクはいじめられていたカメ?」


「カッパの存在が明らかな今、竜宮城の存在を否定する理由はないと思うのです」


「カッパと竜宮城は、その伝説的要素は同程度ではないと思うな」


 アムロが健太を背負ったまま歩き出す。


「竜宮城は高速で飛ぶ宇宙船で、それで浦島太郎と地球の時間がずれて、浦島太郎が村に戻ったとき知り合いはみんな死んでいたという解釈もあるのです。伝説ではなく、合理的な話だと思うけど……」


 健太は知的人間の誇りを賭けて説いた。


「相対性理論だね。しかし、よく考えてみてほしい。浦島太郎は宇宙船の中で魚やタコの踊りを見て楽しんだのかい? それに玉手箱を開けるとそれなりの老人に戻ってしまうというのは、宇宙旅行説では説明できないと思うな。宇宙旅行でずれる時間を何かに溜めておくのは不可能だし、それを一気に解放して浦島太郎を年寄りにするのも不可能だ」


 アムロは健太の解釈を一蹴した。


 カッパは獣じゃない。そう察した瞬間だった。


 アムロがズンズン進む。


 あっ、と思った。つま先が床に着いた。水から出て浮力がなくなったからだ。


「降ろしてもらえないかな。ここなら自分で歩けそうだ。大丈夫。逃げたりしないよ」


「もちろん、逃げたりできないさ。しかし、ボクから離れるのは、君にとって危険だ」


 アムロはそう言うと、背負った手で尻をぽんと叩いた。


「危険?」


 見る限り、床は磨き上げられた石のようだ。その床に、人間にとって危険な仕掛けがあるとでもいうのだろうか?……思わず膝を折って、つま先が床につかないようにした。


 沢山のカッパとすれ違った。彼らは、立ち止まって健太たちを見送った。ふたりを見るその大きな黒眼は瞬く間に真っ赤になる。まるで結膜炎のようだ。


 人間の顔かたちが違うように、カッパのそれも微妙に違っていた。体型の違いはすぐに分かるが、顔の違いは分かりにくかった。明らかに違いが分かるのは、くちばし状の口元の色の違いだ。青色、黄色、ピンク色がある。


 まるで信号機だ。……思わず、クスッと笑ってしまった。


「何がおかしい?」


 そう言ったのは、すれ違うカッパのひとり、いや、一体もしくは、一匹、それとも一カッパだった。


「スマナイ。こいつは頭がおかしいのだ」


 アムロはそう応じると、関わるのを避けるようにどんどん足を進めた。


「挑発行為はやめてほしいな」


 アムロが冷たく言った。


「申し訳ない。口元の色の違いが信号機のようだと思ったら、笑ってしまった」


 素直に謝罪した。自分の立場を考えれば、小さくなっていたほうが良いに決まっている。


「それは良い着眼点だ。そこを見れば性別が分かるんだ」


 性別が三つあるということか。男、女、もうひとつは?……中間の何かを想像し、また笑ってしまいそうになった。


 そういえば、アムロは何色だったろう?……背後からは見えない。


「ところで目が赤くなるのはどういうサインなのかな?」


 素直になったついでに、率直に尋ねた。


「それは、怒りの印だ」


 アムロがさらりと言うのが不気味だった。


「怒り?」


「こうしてボクに背負われているから、彼らは君に手を出さない。ボクの獲物だとわかるからね」


 アムロはそう言うと、笑った。


「なるほど。僕はアムロさんの獲物なのだね」


 安心感が消失し、改めて恐怖にすくんだ。……僕は食われるのに違いない!


 思い出したのはカッパにまつわる伝説だった。カッパは人間の尻子玉しりこだまを取るという。


 尻子玉、……何だ?


 通路を右へ1回、左へ2回曲がると、一つの部屋に入った。扉は無く、エアーカーテンをくぐったような感触がある。そこで太一は背中から降ろされた。

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