第5話
健太には水中に潜っているような感覚はなかった。
自分は魚にでもなったのだろうか? 呼吸が苦しくない。服が濡れていないのも不自然だ。騙されている?……健太は首を傾げた。
小さなカッパに水中に引きずり込まれた記憶はある。それが否定できない以上、カッパが言うことも否定できなかった。溺れ死にたくないので、静かにおぶさっていることに決めた。
「でも、どうして僕がこんな目に……」
ささやかな抗議を口にした。
「ボクは、アムロ・カッパ・ドーモン、101歳。見ての通り、カッパ族だ。アムロと呼んでくれ。怖がることはない。人間のことは好きだし、人間が食べる弁当も大好きだ」
「弁当?」
ピカッと頭の中で何かが弾けた。
「最近、それがないので残念に思っていたところだ」
「作業員の弁当を盗んだのは、おまえ、……あなたなのかい?」
拉致誘拐犯とはいえ101歳、敬意を払った。
「盗んだ?……ボクは拾っただけだよ」
「いやいや、車の中から盗ったはずだ」
「ん?……カッパまた来い、と叫んだのは君かな?」
「それは現場監督、……第一、カッパまた来い、じゃなく、かっぱらいと言ったのだと思う、……いますよ」
「アハハ、そうだったのかい。まぁ、持ちつ持たれつ。人間がカッパ族にしたことを思えば、弁当の100や200、いいじゃないか」
「200個も盗ったのかい?」
「だから、拾ったんだって……」
尻にあたっているカッパの腕にギュッと力が入り、健太は命の危険を覚えた。
どうやらカッパには〝所有〟という概念がないようだ。野生の獣並みの文化レベルだな。……頭のどこかでカッパを見下していた。
それにしても、これからどうなるんだ?……状況を分析しようとしているところを、アムロの声に邪魔された。
「で、君は……」
「僕は、福島健太、23歳。ニート……」少し考えた。「……いや、除染作業員です。君に弁当を三つ取られた」
「アハハ……。それはすまなかった。しかし、自分の物を放置しているのが悪い。カッパでなくとも、カラスや野良犬だって弁当を盗るだろう?……君は福島健太、趣味と言えるほどのものは特になく、特技、友達もない。ただ正義漢というか、正直というか。まぁ、悪いことはしない。少しあまのじゃくだが、人の言葉に耳を傾ける素直さも持っている。除染作業員になったのは、就職予定の会社がつぶれたので仕方なく、……だろう?」
彼の言葉に面食らった。
「どうして僕のことを?」
「カッパの情報網をなめてはいけない。……我々には、それなりの根拠があって、君をここに招待したんだ」
招待というわりには荒っぽいではないか!……思わずムッとする。
「カッパの情報網がどれほどのものか知らないけれど、趣味も特技もないとは、ひどいな。僕だって読書もすれば音楽鑑賞もするし、アニメもよく見る」
「それは失礼。しかし、それらが趣味のレベルに達していると?」
趣味のレベル? 生半可な取り組みでは、趣味ではないということか? 獣並みの文化レベルのカッパに言われるなんて。……健太は憤り、黙った。言葉にしたら獣に服従している自分がみじめになる。
「101歳という割には、若かくみえますね」
円滑な人間関係の常道、お世辞を言ってみた。カッパとの関係を人間関係というのならだが。
「カッパの年齢が見分けられるとは、さすが、福島さんだ」
アムロはそういうと、小さな肩をゆすって笑った。
バカにするな!……のどまで出かけた声をのむ。初対面の相手を笑うなど失礼だと思うが、力量と年齢の差が怒りを顔にするのを躊躇わせた。代わりに、ちょっとした嫌味を返す。
「背負われるには、甲羅が邪魔ですね」
実際、下腹部が圧迫されて居心地が悪い。
「それはスマナイ。肩に担いだほうが私も楽なのだけど、それでは荷物みたいで嫌だろうと思ってね。すぐに着くから、もう少しだけ辛抱してほしい」
「それはどうも。心遣い感謝します」
なにを言っているんだ、オレ。……嫌味を言ったつもりが礼を言う羽目になった。さすがに101歳、
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