第Ⅰ章 カッパ、来襲
第2話
就職先を失った福島健太は、除染作業のアルバイトをしながら生きている。住宅の屋根や外壁を水で洗い、敷地の表土を薄くはぎ取り、汚染されていない
ハローワークでも新聞広告でも、労働者の募集は多かった。しかし、それは除染作業を請け負っている建設業界のものばかりだ。事務員の募集もわずかにあったが、簿記の資格や実務経験が要求された。
結局、就職活動をしたのは半年ほどだった。原発事故で企業倒産が増える中、何のスキルも持たない彼は絶望し、それを放棄したのだ。
原発事故の翌年、
その日、健太は土手の除染作業をしていた。伸び放題だった草木を刈り取り、表土をスコップではぎとる。斜面なので機械は使えなかった。
「おい! 何やってる?」
乗って来た会社の車を停めている土手の上から、怒気を含んだ声がした。
「ん?」
健太は作業の手を止め、頭を上げた。
「かっぱらいだ!」
聞き覚えのある声は、現場監督のものだ。
えっ、何が盗られた?……スコップを手にしたまま土手を上る。その時、黒っぽい小さな影が、まだ草刈りを終えていない土手を駆けおり、河原の深い草むらに飛び込んでいくのが見えた。若干猫背の小さな影だ。その体格から子供だと思った。
河原は除染が済んでいないから、市民が入るのは禁じられているのに。……考えたが、子供を追うことはしなかった。
自分たちはそんな場所でずっと働いている。子供がふざけて遊びまわったとしても、ガンになるなんてことはないだろう。……言い訳を考えながら現場監督の声がした場所に向かった。
現場監督の元には、健太をはじめ5名の作業員が集まった。
「弁当を盗られた」
ワゴン車の横で現場監督が顔を怒らせていた。そこに会社が用意した6人分の弁当を置いてあったのが、綺麗さっぱりなくなっていた。
「噂は本当だったのだな」
高齢の作業員が言った。
「噂、どんな?」
健太は訊いた。その噂というのを知らない。
「ここ数日、あちらこちらの班で、作業員の弁当が盗まれている。それが子供の幽霊の仕業だというのだ」
「アッ、さっきの!」
黒い小さな影が脳裏を過った。
「あれを見たのか? 俺は見失ったのだが……」
「はい、ちらっとですが、あの草むらの中に……」
健太は影が消えた草むらを指した。
「行くぞ。俺たちの弁当を取り戻す」
現場監督の号令の元、作業員たちは影が消えた草むら目指して走った。
「この辺りに入っていきました。幽霊じゃない、子供ですよ!」
健太は先頭になって草むらに入った。
「広がって探せ。隠れているはずだ。早くしないと弁当を食われてしまうぞ」
「それは困る。俺たちの弁当だ」
現場監督と作業員たちは左右に広がり、草むら中を探し回った。
「ガキ、出てこい!」「弁当を返せ!」「かっぱらい、どこだ!」
草をかき分けて遠くまで、30分も探したが子供の痕跡も盗まれた弁当もみつからない。
「福島、本当にここに逃げ込んだのか?」「見間違いとか言ったら、許さんぞ!」
空きっ腹をかかえた作業員たちは気が立ち、言葉が荒れていた。
「間違いありません。この草むらです!」
健太も苛立っていた。空腹の上に疲労がある。
「今日は弁当抜きだ!」
現場監督はやけくそになっていた。
「飯抜き反対!」「労働環境を守れ!」「健康第一、我々は闘うぞ!」
作業員たちは一致団結。労働争議さながらに現場監督の不当を訴えた。
「仕方がないな。俺の目の前で盗まれたんだ。俺が
結局、全員でコンビニまで行って弁当を買った。
その後も河原の除染作業では、方々の班で弁当が盗まれる事件が続いた。しかし、犯人が見つかることはなかった。
河原の除染作業が済むと、作業員たちは事件があったことも忘れてしまった。健太もそうだ。彼の班の弁当は3度も盗まれたが、都度、現場監督が代わりを用意したので、実質被害がなかったのに等しい。記憶に残るような事件ではなかったのだ。
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