カッパ先生、海を渡る

明日乃たまご

プロローグ

第1話 プロローグ

 最悪の年だった。


 3月初旬、原子力発電所が爆発事故を起こした。放射性物質が宙を舞う。


 原子力発電所から20キロ圏内に避難命令が出た。翌日にはそれが30キロ圏内に拡大した。その時、アメリカ政府は自国民に対して80キロ圏内からの退避を勧告していた。それを知っても日本国民は怒らなかった。静かに日本政府の言葉に耳を傾けた。


 福島健太ふくしまけんたが住むアパートは原子力発電所から60キロほどのところにあり、テレビや地域の防災スピーカーは自宅での待機を要請していた。窓も開けず換気扇も回すなという。律儀な彼は要請に従い、自分の部屋でネットニュースに目を凝らして事の推移を見守った。


 大学4年、卒業も就職先も決まっていた彼は、その事故が自分の人生にどんな影響をもたらすのか、想像もできなかった。


 室内でじっとしていることに苦痛はなかった。ネット動画を見たり、ゲームをしたり、時間を潰す方法はいくらでもあった。恋人や友達もいない彼は、一人遊びに慣れている。楽しく時を過ごした。


 が、数日後、届いたメールに、心臓が止まる思いをした。


【内定取り消し通知】


 それがメールのタイトルだった。


 ドタキャンはひどい!……スマホを取ったが電話はつながらなかった。それで抗議のメールを送ったが、返信はなかった。調べてみると、会社は避難命令区域内にあって廃業に追い込まれていた。


「なんてことだ」


 頭を抱え込んだ。人生、何が起こるか分からない。


 ……そんな日本人、そんな内定取り消し者、……だから、福島健太は選ばれたのかもしれない。

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