美しい約束
怒涛の生徒会選挙から二週間が経過した。その間、様々なことがあった。
まず、生徒会長が新しい者に変わった。名前は覚えていない。ただ誠実そうな人だったことは覚えている。おそらく激烈を繰り広げていた生徒会選挙の中、その一人は着々と確実に名を広げていった。疑いのない結果であろう。
次に、森山和奏と関係である。森山和奏は今回の件で俺が本物の〈黒猫〉ではないことを知った。その影響なのかわからないが、以前のような執着が鳴りを潜めているように思えた。登校の際に家に張り付かれることも、授業中に感じる視線も、押しかける態度も。森山和奏は出してくることはなかった。今日に至るまで、俺たちの関係は宙ぶらりんな状態になっている。
そして、最後に。
橋口百合についてである。
百合はちょうど一週間前に、この学校を去った。……正確に言えば、この物語から去ったともいえる。最後まで彼女は彼女らしくあった。
ちなみに、事の発端である三条ゆえは間もなく顔を見せるようになった。その強心臓ぶりには感心するしかない。だが、今後三条ゆえがかつてのように振る舞うことは許されないであろう。それは、この学校の共通認識だ。
時は放課後。
森山和奏はすぐに姿を消していた。いつもであれば、ストーカーレベルで俺の後を追いかけていたのに。
この変化の正体に俺はまだ気付けていない。爆発しない、という事実が平穏を意味している。――そう、解釈してしまうのは許されるのだろうか?
「今回は例外中の例外だよ」
才原音子が忠告した。
この放課後を使い、俺は才原音子と話していた。
「
「……わかってるよ、それぐらい」
「本当かな? なんか怪しいんだよなぁ」
ぶつくさと言う才原音子に俺は苛立ちを覚えなかった。自分でもわからないが、それを愛おしいとも思った。
「才原はさ」
「……ん? なにさ」
「人が良いよな」
「……はぁっ?」
才原音子の頬が真っ赤に染まっていく。最初の、謎の少女めいた印象とは異なり、実に年相応のものに映った。
「そ、そんなこと、ないけど……!」
「いや、そうだよ。なんつうか、良いと思うぜ」
「なんだその下手な褒めはッ!」
取り乱した才原音子はしばらくの間、ブーブーと文句を口にしていたが、すぐに平静さを取り戻した。……というより、これまでの取り乱しがなかったかのように振る舞い始めた。
「とにかくっ。……私はこういうことを今後二度と手伝わないよ」
「ああ、それはいい。――それよりも、才原。聞いておきたいことがあるんだ」
改めて。俺は彼女に問うていた。
「あんたは何者なんだ?」
「……」
「俺のことを知っていて、この物語に本来は存在しない……。才原が俺たちの味方であることは、十分に理解している。けど、正体はわからない」
だから、聞きたい。
才原音子とは何であるのかを。
彼女は小さく息を吸い、吐いた。やがて、首を振る。
「さあね。教えられることはないよ」
そっけない、しかし確かな拒絶であった。
「それとオトくん。あなたは勘違いをしている。私はあなたの味方になった覚えはないよ」
「じゃあ、なんだ?」
「森山和奏の味方なの」
私は森山和奏のために、ここにいる。
その言葉がずんと俺にのしかかった。おそらく、どれだけ追及しようとも才原音子は口を割ることがないだろう。なら、仕方がない。
「私からもはっきりしておきたいんだけど、」
今度は彼女からだ。
「森山和奏とは、今後どう接するつもりなの? はい終わりとはならないけれど」
「……もちろん、わかってる」
「オトくんは森山和奏のことが好きなの? どうなの?」
「向き合いたいとは思ってる」
「……うーん? そこのところの判断が私にはいまいち理解できないんだけど」
「そう簡単に人を好きになるかっての。そもそも、俺と森山和奏の中にあるものは、多分、恋じゃない。そんな簡単にまとめていいわけがないんだ」
「……それって」
向き合う前に、俺にはしないといけないことがある。
「――まだ、やらなきゃいけないことが残ってるから」
♡
――黒猫くんの側に、わたしはいますから
――告白と、受け取ってもいいです
才原音子との会話を切り上げ、俺はその足を図書室に向けていた。
これから自分がすることを、もう一つ上の次元の誰かが見ているとする。その誰かは、俺をどう評価するだろうか。これは俺なりの選択だった。そうしないといけないと、この世界で学んだ事実だった。
図書室に美夕はいた。
俺が入ってきたことに気付くと、微かに目を見開いた。やがて、頰を少し笑んだ。
今日の美夕は図書委員としているわけではないので、図書室に置かれた椅子に腰を下ろしている。俺はその隣に座った。
「黒猫くん……、珍しいですね」
「ああ、そうだな」
放課後に俺が図書館に来ることは殆どなかった。――ちょっと話したいことがあって。そう言うと、美夕は目を丸くした。
「話したいこと?」
「ああ」
俺は続ける。
「もうすぐ、文化祭があるだろ」
「はい。そうですね……?」
美夕は話の流れが理解できず、小さく首を傾げていた。俺はあくまでも軽い口調で続けた。けれど、内心は激しく緊張していた。
「文化祭、俺と回らないか?」
「……………………ほぇ?」
俺は美夕と約束をすることになる。そして、文化祭当日、俺は美夕から告白を受ける。この物語を決める運命の日が、近づきつつあったのだ。
エピソードⅢ 完
ヤンデレラを幸せにする魔法 〜物理的地雷系少女の機嫌を損ねたら即死亡〜 椎名喜咲 @hakoyuto
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