『不器用と、チョコレート』

ヒニヨル

『不器用と、チョコレート』

 面白くもないテレビを流し見ながら、私は正座をくずした。赤い箱から取り出した板チョコを、銀紙の上から割る。上手く割れなくて、いびつになった一欠片をつまみ上げると、口の中に放り込んだ。

 私の気持ちとは正反対の、ねっとりとした甘さが、舌の温度にとろけて広がってゆく。


「知ってた? 板チョコにある溝って、チョコレートを上手く割るために付いている訳じゃないんだって」


 私は彼に背を向けている。聞いていないフリをしながらも、私の聴覚はいつもより少しだけ上擦った、彼の声に傾けられている。


「溝があると、表面積が増えて、板チョコが均一に早く固まるんだってさ」


 私はもう一口食べると、銀紙の上からまたパキッとチョコレートを割った。


「他にも理由がある。冷やすと体積が減るだろう? 溝があるとチョコを取り出しやすくなるんだ」


 語尾にやや自慢げなにおいを感じた。私はチョコレートを口の温度で溶かしながら、彼の方をちらりと見た。うっかり目が合ってしまって、彼が嬉しそうに微笑む。

 私は面と向かって言ってやった。


「チョコレートが嫌いな癖に、随分と詳しいのね」


 食べている板チョコは、チョコレートのケーキを作るために用意した物の“あまり”だった。出来上がった作品は、冷蔵庫の中で眠っている。

 私も悪いんだって、分かっている。事前に好き嫌いを尋ねておかなかったのが、良くなかったって。でも、折角作ったのに「俺チョコレート嫌いなんだよね」って笑顔で言うとは思わなかった。無神経にも程があるよ!

 板チョコをまた割る。やっぱり上手く割れなくて、いびつな一欠片になる。私は彼の顔をうらめしそうに睨みながら、口の中に入れた。


「怒ってる?」

「当たり前でしょ」


 彼の顔が近づいてきたので、咄嗟に、空いていた右足を持ち上げた。足の裏で、彼の顔がこれ以上近づいてこないように押さえつける。


「んー、スカートの中見えてまふぉ」

「へんたい」


 今日はこれでも、女の子を意識した服装にしておいたのに。私のしている行動と伴っていない。何でこう、いつも上手くいかないのだろう。

 少し考え込んで油断していたら、彼が私の足の裏をはむはむし出した。私はくすぐったくて、慌てて右足を引っ込める。両手は板チョコを握っていたから、バランスを崩して後ろの大きなクッションに倒れてしまった。


「私今、チョコレートを食べているの」


 そう言ったのに、彼は私に近づいて、唇を味見してきた。


「嫌いな癖に」

「一緒に食べれば美味しいよ」


 手に持っていた板チョコを、私はテーブルの上に置いた。指の熱で溶けたチョコレートが付いていたから、親指と人差し指で、彼の鼻の頭に塗ってあげた。彼の身体がゆっくりと正面から寄りかかってくる。


「今日って、こういう日なんでしょ?」


 とぼけたような顔をして彼が言う。私はチョコレートがまだ残る右手の親指と人差し指を、彼の口の中に差し入れた。舌の熱を指先に感じる。

 背中に、心地良いしびれが走ったような気がした。私の指を、彼のあたたかな舌が丁寧になめる——まるで口の中で溶けていくチョコレートにでもなった気分。油断していると、距離を詰めてきた彼は鼻先まで近づいていた。


「まだ怒っているんだよ」


 そう言うと、私は彼のチョコレートが付いた鼻をガブっと甘噛みした。でもあまり効き目が無かったみたい。彼は困った顔で、私を見つめていた。

 何だか意地を張っている自分がばからしくなってきて、私は少し笑った。


「ごめんね」

「俺も気が利かなくてごめん」


 冷蔵庫の中にあるチョコレートのケーキには、マーマレードを入れてある。恋愛したての不器用な私たちは、少しずつ心を通わせていく。



     Fin.





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『不器用と、チョコレート』 ヒニヨル @hiniyoru

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