元彼を殺す夢

佐々井 サイジ

元彼を殺す夢

 目を見開いたら暗い部屋が横向いていた。鼓動が激しく鳴っている。呼吸が荒い。ベッドで横たわっているうちに寝てしまったようだった。手には包丁を握った感触が残っている。


 元彼を殺す夢を見た。生々しかった。付き合っているときに密かに作っていた合鍵で夜中に元彼の家に忍び込んで、ベッドで寝ている元彼に包丁を何度も突き刺した。


 それでも元彼はしつこく生きていた。ベッドから落ちて這いつくばってドアに向かう元彼がかわいそうで早く楽にしてあげたくて背中にもいっぱい突き刺した。元彼は動かなくなった。


 とはいえ私は元彼が悪いと思う。散々、身体を要求して飽きたら他の女と浮気して私を捨てたんだもん。そんな夢を見ても当然だよね。でもなんで、刺されて歪んだ顔を見て可哀想って思ったんだろう。やっぱりまだ元彼のこと好きなんだろうね。


 手に刺した感触が残っている。〈元彼 殺す夢〉でググったら『過去の恋愛で負った傷がまだ癒えていない。前に進みましょう』と書かれていた。でも違うサイトには『自分が新しい出発をするための準備が整ったことを示しています』と全く逆方向の内容が書かれている。私の場合、どっちだろう。


 まあ実際に元彼をストーカーしてたから、まだ傷が癒えていないのかもしれない。何だか元彼とソファーで並んで座りながらバラエティ番組見て笑う時間が愛おしくて、でももうそんなひとときってどんなに願っても戻らないってわかると、目とか鼻の周りが熱くなって眼球には涙の膜ができる。


 まばたきすれば膜は剥がれて頬に線をつくるんだろうけど、ひどい浮気をされた元彼のために泣くのも悔しくって、行き場のない涙の膜をティッシュで吸い取るくらいしか今まで抵抗できなかった。


 でも今はかなりすっきりしているところもある。自分でもよくわからない。傷を抱えながら新たな気分で出発をした方がいいということなのかな。


 ベッドから脚を下ろすと何か柔らかいものを踏んだ。力のない元彼の腕だった。元彼は背中を夜の色に染められつつも血まみれであることがはっきりとわかる。そうか。本当に殺したんだった。現実で起こしたことをそのまま夢でも見たんだった。でも夢は夢。私は旅立つ。


 でも一人では寂しい。背中に突き刺したままになっている包丁を抜くと刃が内臓に絡まっているような感触だった。血が包丁の刃にべったりと染みついているみたい。浮気したのにこんなにきれいな血してるんだな。


 包丁を元彼の首に押し当てる。さすがに切断するのは大変かな。

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