爆走エモォショナルあまじょっぱ女子高生は儚い青春を探している! ~めっちゃ寒い駅、サブスク解約失敗編~

二八 鯉市(にはち りいち)

爆走エモォショナルあまじょっぱ女子高生は儚い青春を探している! ~めっちゃ寒い駅、サブスク解約失敗編~

 かつかつと、ローファーの音。道行く紳士が襟を立てる。


 「今月こそはサブスクを解約しようと思えども、ついつい解約できないのが人生というものでございますわね」

「あら、簡単よ。ただ解約したらいいだけではなくて?」

「しようと思ってはいるのよ。でも、『ああでもせめて最後にアニメを沢山見てから解約しましょう』と思ってアニメを見始めるでしょう。そうすると月末を逃してしまうの」

「ああ、なんて大変な事なの。私が今すぐ、桜子さんのかわりに解約してさしあげたいわ」

「いけないわ。まだ11話までしか見ていないのよ」


 セーラー服姿の女子高生二人が、灰色のプラットホームへと向かいながらそんな会話をしている。


 海沿いの駅である。

 見下ろした街の先に、濃い色の海とそれを囲う港が見えている。どこかからきた大きな船が、のっそりやってきては出て行く冬の海である。


 「面白いアニメだったの?」

「ええそれはもう、とっても興味深かったわ。一度しかない時間を一つの出来事に燃やす。ああ、あれが青春、なのね」


 背の低い方が八重条 桜子やえじょう さくらこ。背の高い方が琴宮 葉月ことみや はづきと言う。

 時刻は夕方。二人ともそれぞれの部活を終え、帰りの電車を待っている。海沿いの田舎であるこの駅に着く電車は、あと二十分待たないと次が来ない。


 桜子がおずおずと言った。

「それで私……葉月さんにお願いがあるのよ。でもいやね、少し恥ずかしいわ」

「なんでも仰って。私と桜子さんの仲じゃあない」

「……笑わずに聞いてくださる?」

「勿論よ」


 桜子さんは紅色の頬に手をあて、言った。

「私、あのアニメのような、青春……というものがしてみたいの」

葉月さんはそれを聞き、ぽっと頬を染めた。

「なんて素敵な事を仰るの、桜子さんったら」

「うふふ、やだ。素敵だなんて」

そわそわした興奮を抑えきれず、桜子はその場で小さく跳ねた。何度か跳ねて気が済むと、桜子は緊張した様子で幾度か深呼吸をしてから、言った。

「そこでお願いがあるのよ」

「なんでも仰って」

頼もしく微笑む葉月に、桜子ははっきりと言った。


 「私、あのアニメを見ていて……青春とは、河原で殴り合う事だと悟ったの」

「えぇッ?」


 慄く葉月に、桜子はきちんと向き直った。

「どうか葉月さん、私と河原で殴り合ってくださる? そして大地の上にごろりと寝転がって、お互いの勇気と実力を称えあいたいの。『やるな、貴様』と言いあいたいのよ」

「……」

「どうか、お願い」

祈るように手を組んだ、桜子の必死の願い。だが、葉月は、苦しさのあまり唇を噛み締め首を振った。

「ごめんなさい、できないわ」

「どうして。なんでもしてくれるって言ったじゃあない」

「だって、だって」

葉月は目を潤ませる。

「桜子さんを殴るだなんて、できないわ。大好きなんですもの」

「まあっ」

桜子の顔は一瞬で真っ赤になった。ほの白い手で、葉月の深緑のダウンコートをぺちぺちと叩く。

「いけないわ、こんなところで大好きだなんて恥ずかしいわ」

「私としたことがごめんなさいね。でも、本当よ。ただ……桜子さんのお願いを聞き届けられない自分にも、腹が立つわ。私だって桜子さんと青春がしたいの。本当よ。嘘じゃなくってよ。でも、殴り合いはできないわ。私、その可愛らしいお顔に傷でもつけてしまったら、自分で自分が許せないもの」

「ああ、愛されているのね、私」

「勿論じゃない。どうにか、ならないかしら。私たちの熱い血潮の猛る青春を実現すべく……」

葉月は長い指を唇に当て、何事かを考え始めた。


 乾いた風が、葉月の長い黒髪をなびかせる。葉月は無造作に髪を耳にかけた。


 どこかから転がってきた小石が、ころんと音を立て線路の上に落ちた。それを見て、葉月はハッとした。

「河原でしょう? 石の水切りでの決闘はどうかしら」

「まあ、なんて素敵なんでしょう」

「では早速河原へ」


 その時。

 びゅぅうう、と氷のような風がプラットホームに吹き込んだ。


 「寒いわ」

「寒いわね」

二人は顔を見合わせる。鼻も耳も果実のように赤いのは、恥じらいではなく寒さのせいである。


 「桜子さん、河原はこの時期寒いわ」

「そうね」

「別の手段を考えましょう」

「私もそれがいいと思うわ」

「お互い、大会が近い身ですものね」

「ええ」

余談だが葉月はバレーボール部のエースで「冷徹のブロックレディ」の異名を持っており、桜子はダンス部のエースで「絢爛の白鳥姫」の異名を持っている。

 「冷徹のブロックレディ」と、「絢爛の白鳥姫」がこんなにも頬を染め仲良く帰宅している。この事実を知る後輩たちは少ない――と思われているが意外と多いのである!


***


 桜子は美しい指先で燃える夕陽を指すと、そっと唇を開いた。

「葉月さん、ほらご覧になって。青春とは、待っていてはくれないわ。だから、思い立った今この瞬間から青春を始めなければ。ね、そうでしょう?」

桜子の言葉を聞いた葉月は、感動の熱いため息を吐いた。どんな白熱した試合も、ここまでの熱い吐息を零させはしない、と感じ入る。


 二人の乗る電車が、五分程遅れるというアナウンスが入った。周囲の紳士が襟を立て、手を擦りながら自動販売機のコーンスープ缶を買う音が聞こえた。


 葉月が、少し考えた末にポッと耳たぶを染めながら言った。

「河原での決闘以外での別の手段、というと……。やはり、花火大会に参加した折、大きな打ち上げ花火を見上げながらそっと手を繋ぎたいものね」

「なんて青春なの。でも……それは夏の話ね」

「そうね。今は無理ね」

「歯がゆいわ。とても歯がゆいわ。だって私も、今頭の中に思いついているのは……」

「なあに、仰って」

「これはとっても青春なのよ」

「ええ、窺うわ」

桜子さんは、きゅっと胸の前で手を握った。おごそかに告げる。

「プール掃除よ」

「あぁっ」

葉月はくらりと眩暈を感じた。

「青春だわ。とってもとっても青春ね。プール掃除……っ」

「でもねっ」

「ええ、分かるわ」


「「夏なのね」」


 桜子は、ポケットからハシビロコウ模様のハンカチーフを取り出した。そして、桃色の唇でハンカチーフの端をそっと噛んだ。

「悔しいわ。私とっても悔しいわ。青春って、青春って、なんだか夏に多い気がするわ!」

「ああ桜子さん、夏ってそれだけでエモォショナルなのね」

「ええ、だって入道雲は心が躍るもの。青い空、白い雲、そして花火、プール、海……っ」

「あぁっ夏の青春が色濃過ぎて眩暈がひどくなってきたわっ」

くらり。傾く葉月の長身を、ダンス部で鍛えたバキバキの体幹で支える桜子。白く細い指が、葉月の胴をがっしり離さない。

「葉月さん、しっかりなさって。負けてはいけないわっ」

「どうか桜子さん止めないで。私今すぐ、今すぐ桜子さんと浴衣で夜の神社に赴き、わたあめをわけっこしたいわ。りんご飴を頂く貴女に胸をきゅんとさせたいわっ。なんてエモォショナルなのっ。今すぐ夏にタイムスリップしたいわっ」

「いけないわ葉月さん、そんな浴衣でのデェトだなんて、私だってしたいのよ! でもね、今浴衣を着たらすぐに風邪をひいてしまうわ! 私今日、制服の下にぽかぽかインナーを2枚重ね着しているのよっ」

「私だって重ね着している上にポケットにカイロを2つ入れているわっ。今日は本当になんて寒いのかしらっ。今年一番の寒気というのは本当なのねっ!」

「あ、あぁっ……」

桜子は、ハシビロコウ柄のハンカチーフに顔をうずめた。

「私、どうしてこんな冬に青春をしたいなんて思い至ってしまったのかしらっ」

「どうか自分をせめないで、桜子さんっ」

華奢な肩に手を置いて慰めようとする葉月だったが、桜子はふるふると首を振った。

「いいえ、今分かったわ。私、恋焦がれているのねっ。最近あんまりにも寒いから、夏の入道雲に恋焦がれ、手の届かない夏の青春を夢見ているのねっ」

「無い物が欲しくなる……人の業よ。でも桜子さん、私だってその業を背負うわ。貴女は一人じゃないんだもの。私と一緒に何か、何かエモォショナルな青春を……エショい青春を致しましょうっ。きっと何か手立てはあるはずよっ」

「あぁ……葉月さんっ……」

はらはらと、真珠のような涙が落ちていく。嘆く乙女二人の濡れた睫毛は美しい。周囲の紳士は二人からそっと目を伏せる。


***


 二人は暫し嘆いていたが、そんな二人の涙を乾かす風は、いよいよ冷たくなってきた。ノイズ交じりのアナウンスが入り、電車の五分の遅れが七分の遅れになるという。


 桜子はぶるりと身体を震わせた。

「七分ですって。ますます寒くなってきたように感じるわ」

「ええ……」

はたと、自動販売機に目が留まる。

「ねえ葉月さん。私、なんだかコーンスープが飲みたいわ」

「あら素敵。私もなんだかそう思っていたの。でも、じゃあ私……、そうね、お汁粉がいいわ」


 桜子は鞄から桃色の財布を取り出した。おばあさまに買って頂いたお守りの鈴がちりんちりんと揺れる。

 一方葉月はスマホの電子マネーアプリを起動した。余談だが葉月はきっちりとポイントを貯めるのが習慣である。


 各々目当てのものを買い求め、がこんっ、と缶が落ちてくる。


 「あったかいわ」

「そうね」

身体を冷やす風に囲われている状況は変わらない。だが、手袋越しの熱い缶はまるで極寒の地を照らす希望のカンテラの灯のようであった。


 葉月が、桜子に甘えるような目を向けた。

「桜子さん、一口ずつ交換してもよくって?」

「私もそう提案しようかしらと思っていたところよ」

「うふふ」


 しょっぱいと甘いを一口ずつ交わし、二人は白い息をつく。


 飲みながら、海沿いの景色を眺める。のっそりと船が出航していく。

 葉月がおもむろに言った。

「あのお船の中のどれかは、この港へ戻ってくるのに二年かかると聞いたわ」

「あら。じゃああの船が帰ってくる頃には、私たちもうこの駅には居ないのね。お互い、大学へ行ってしまいますもの」

「門出とは悲しいものね」

「あら、私はわくわくしてしまうわ」

葉月は桜子を見た。口の中のお汁粉を、胸に灯った切なさと共に飲み下し、口元に柔らかな笑みを浮かべる。

「桜子さんのそういうところ、とっても素敵ね」

「うふふ」


 もう冷たい風が吹き込んでも、微笑みは崩れなかった。コーンスープの湯気とお汁粉の湯気に、二人の吐く白い息が連れあって空へ溶けていく。


 「暖かいわね」

「そうね」


 二人の頬が満足げに赤く温まった頃、遠くから電車の音が聞こえた。

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