盲目の花売りと画家

@kamuiimuka

第1話 幸せの形

 僕はランド・クリストファー。画家をしている。

 自分で言うのも変だけど、僕の絵は高く売れる。どんなものも綺麗に描けると自負している。でも、そんな僕にもかけないものがある。


「お花はいりませんか?」


 僕の部屋から見下ろせる噴水広場で毎日花を売っている女性。僕は彼女を描くことができない。何度描いても別物になってしまう。

 別物といっても僕の兄に見せると書けていると言ってくれるのだが違う。これはあの子じゃない。こんなものが彼女なわけがない。


「綺麗に描いてね」


 僕は彼女を描くために別の女性を描くことにした。兄に相談したら女性を連れてきてくれた。とても美人な女性は僕に微笑みかけて妖艶に寝そべる。

 30分もすると僕は絵を描き終える。とても簡単な絵だ。だけど、モデルをしてくれた女性は感動して絵を眺めてる。


「書けるじゃないか」


 女性の声で兄が部屋に入ってくる。女性の絵を見て兄も感動してくれる。確かに今回の絵は完成されてる。容姿だけじゃなくて内面まで描かれてると自負できる。

 でも、あの花売りの女性を描ける気がしない。なぜなら……


「「(この絵いくらで売れるんだろう)」」


 僕は人が考えていることがわかる。その為、絵にも心をかけるんだ。絵を見ている二人の心を聞いてため息をつく。何を描いても兄やそのモデルをしてもらっている人にも金として見られる。兄は僕の絵を売ってもらっているから仕方ないのかもしれない。だけど、初対面の女性や男性にもそんな目で絵を見られてしまう。こんな環境ではダメなのかもしれない。彼女を描くことはできないのかも。


「お花はいりませんか?」


 毎日やってくる彼女の姿を見下ろしながらため息をつく。今日も来ている。いつもと同じ風景。でも、今日は少し違う風景だった。


「茎だけの花は花じゃないよな」


 彼女の横を通った男たちがつぶやく。面白がって声もかけずに通り過ぎる人たちがクスクスと笑っている。

 この時、初めて気が付いた。彼女は目が見えないんだ。杖をついていて足が悪いのかと思っていたら目が見えていなかったんだ。僕は悲しくなって涙がこぼれる。


「おい! ランド! なんで泣いてるんだ!」


 窓の外を眺めながら泣いていると兄が驚いて声を上げる。僕の顔をガシッとつかんで自分の顔に向ける兄。なんで泣いているかを答えると兄は外へと出て行った。

 外に出ていく兄を窓から見ていると花売りの女性のもとへと駆けていく。僕はそれをうらやましく見つめる。走ることのできる足……うらやましい。

 僕は生まれながらにして足が動かない。彼女が杖をついていて足が悪いと思ったのは僕と一緒だと思ったからだ。僕は自然と彼女は僕と同じというレッテルを貼っていた。恥ずかしい。

 兄は楽しそうに女性に声をかけて茎だけの花をすべて買う。女性は喜んで渡しているが通り過ぎる人たちは不思議そうに見つめている。


「買ってきたぞ。これでいいのか?」


 兄が茎だけの花を買ってきて報告してくる。僕はうなずいて花瓶を差し出す。沢山の茎だけの花。僕はその花を描く。色とりどりの花を絵の中で咲かせる。茎だけの花は見事に僕の絵の中で花を広げた。


「ははは、ランドは本当にすごいな。でも、この絵は……」

 

 完成した絵を見て兄は俯いた。言わなくてもわかる。彼女に見せたいけど、見せることはできないんだ。だって彼女は盲目だから。でも、これがあれば何かを変えられる。僕は兄にこの絵を手渡して彼女に渡してもらうことにした。売ってもらってもいいし、ほかの人に渡してもらうでもいい。彼女の目に留まらなくても彼女の周りの人の目に留まればいいと思ったからだ。


「渡してきたよ。彼女は孤児院で暮らしているみたいだ」


 兄は絵を渡してきて帰ってくる。彼女は孤児だったようだ。その話を聞いて僕は自然と涙が出てくる。でも、この涙は彼女に失礼だ。彼女は彼女のできることを一生懸命やっているんだから。


「あと、あの子の名前も聞いてきたよ。アネモネというらしい」


 兄の報告に僕は頷く。

 アネモネ……花の名前だということは僕でも知ってる。とても綺麗な名前だ。

 今ならとてもいい絵が描けそうだ。

 彼女の茎だけの花を描いてから花の絵を描くのが好きになった。兄は人の絵を描いてほしいみたいだけど、僕は花が描きたいこれは仕方がないことだ。


「邪魔なんだよ!」


 花を描いていると外からそんな声が聞こえてくる。僕は急いで窓から外を覗く。

 毎日噴水広場で花を売っていた女性、アネモネさんが地面に寝そべっている。その横で男が数人ケラケラと笑っている。僕は顔が熱くなるのを感じていてもたってもいられなくなる。

 急がなくちゃ! そう思って筆を杖に変えて部屋を飛び出した。


「ど、どうしたんだ! ランド!」


 杖をうまく使って階段を下りているとその音で兄が顔をのぞかせる。驚いて肩を貸してくれる兄、事情を聞くと一緒に外へと出てくれる。

 外に出ると噴水広場に花が散っていた。男たちが彼女の花をすべて踏みつけたようだ。すでに男たちはいなくなっていたがアネモネさんはその場に座り込んで涙していた。


「アネモネさん」


 僕は兄と一緒に駆け寄って声をかける。キョロキョロとあたりを見回すアネモネさん。僕の声に驚いている様子。僕はそれ以上の声をかける勇気が出なかった。

 それを見かねて兄が声をかける。すると彼女は嬉しそうに声を上ずらせる。そうか、彼女は兄を……。なぜか僕は落胆する。

 それから彼女を兄と一緒に孤児院まで見送る。孤児院につくと司祭様がお辞儀をして迎えてくれる。ふと孤児院の中を見ると僕の絵が飾ってあった。とても誇らしくて頬が高揚するのを感じる。


「レイドさん。今日はありがとうございました」


 孤児院で少し話をすると別れの時が来た。お礼を兄、レイドにいうアネモネさん。とても嬉しそうに話す彼女に不思議と僕もうれしくなってしまった。自分に向けられた感謝じゃなくても兄に向けられた感謝でも僕はうれしかった。彼女の心を少しでも支えることができたんだって。

 嬉しそうな彼女を見て、僕は初めて彼女のことが描けると思った。それはすぐに確信に変わる。


「綺麗だ……」


 アネモネとタイトルを最後に書き終える。内面まで描き切れたような気がしてとても誇らしい。僕の初恋で、僕の兄のお嫁さん。兄なら彼女を幸せにできるだろう。僕はそう呟いて今日も絵を描く。

 

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