17 相手の家族のことを忘れてた~大百貨店で布を見よう

「それにしても驚きですね」


 ラドテイルは帰り道、私に向かってそう切り出した。


「そう? ちょうどいいと思ったんだけど」

「ちょうどいい?」

「今ちょっと、マーシュが家に帰りづらい状況になってるのよ。だったらまあ、小父様の了解もらって領主様のとこにお世話になるくらいの方が安全かなあ、って」

「安全」

「うん」


 ぷらぷらと、私達は二人で帝都の繁華街をぶらついていた。

 二人でスノウリーのところに行く、と言ったら、きょうだい達が揃って「お前らちょっとくらいデートしてこい!」と煽ったせいだ。


「あ、そうだ。新居に使いたいものがあればって言われてたから、大百貨店に行ってもいい?」

「いいですが、何を?」

「布類。カーテンとか寝具とかテーブルクロスとかそういう」

「時間かかります?」

「うーん、時間はあまりかけないけけど、貴方の好みも言ってくれるとありがたい」

「僕の?」

「一緒に住むんだから、毎日見て目にうるさいものは嫌でしょ? いきなりほら、大きな花柄ばかりが部屋にあったら落ち着かない、とか後で言われても嫌だし」


 うーん、とラドテイルは軽く空を仰いだ。


「なるほど、そういう問題もあるんですね」

「今まで感じたことはなかった? ご自宅とか。あ、そう言えば私そちらのご実家にご挨拶行かなくていいの?」

「ああ……」


 ラドテイルは苦笑した。


「あんまりその辺り聞いていないです?」

「今の貴方に関しては」

「?」


 未来の記憶の彼の実家は、確かにあの時点で存在が薄かった。

 彼は一人で帝都に出てきていたし、結婚式に実家の人々が来ることもなかった。


「まあ、そうですね。僕が既に男爵を継いでいるというところで、父親はお察しでしょうけど」

「ええ」

「母は幼いころに居なくなりました」

「居なく?」

「はい」


 その話は聞いたことがなかった気がする。


「どこかで生きているとは思います。ただそれで父が気落ちしてしまって死期を早めたってのはありますね」


 さらっと彼は言う。

 そのあっさりさが、私の記憶に残らなかった原因だったのだろうか。


「それで、大百貨はどっちへ行きます?」

「あ、そうそう」


 帝都の繁華街には三つの大百貨店がある。

 広くて、一番高いところで八階建て。

 この三つのうちで一番低いのが五階建ての「オグリカ」だが、そこであっても自動昇降機は備わっている。

 一番広い「マドルエ」は三階までの吹き抜けが有名になっている六階建て。

 そして一番高い八階建ての「メラント」。


「メラントの三階に布関係が揃っているので、そちらに」

「メラントですか。じゃあそのついでに、横の本屋にも寄っていいですか?」

「もの凄く時間をかけなければ」

「努力します」


 そう言って彼は笑った。


 布系の売り場に来た途端、彼は目をぱちくりとさせた。


「これはまた、壮観ですねえ」

「そうですか? でも紳士服売り場とかもそうではないかしら?」

「色合いがまるで違いますよ」


 私達は、ざっくりこういう色合いがいい、という話をしつつ売り場を回った。


「確かに見ておいた方がいいですね。目にうるさくない色柄、とかあまり考えたことがなかった」

「逆にぱっと目立つものが欲しい場合、もあるし。どう?」

「そうですね。まあ、学生寮にいた期間が長いですから、確かにぱっとしすぎるものはきついかも」

「柄ものは嫌?」

「小花とかなら」

「じゃあ色合いも」

「淡いものがいいですね」

「私はどちらかというと、黄色系の淡いものが好きなんだけど」

「ああ、それはいいかも」


 幾つかの布地見本を見せてもらい、カーテン、寝具、テーブルクロス等のおおよその見積もりができた。


「他はいいんですか?」

「あとはまあ、家具次第だし」


 家具は借家の場合、部屋に置き付けのことが多い。

 仕事が決まり次第、知り合いの業者を通して部屋を紹介してもらう予定だ。


「何か一仕事した、って感じだわ」

「確かに」


 本屋ではラドテイルが予約注文していたものが入った、ということで、少しのよそ見はあったが、長居まではしなかった。

 このまま私を家まで送ってくれて、食事までしていくのが本日のコースである。

 のだが。


「……あれ?」


 ふと見えた通りの間の細い道。

 どこかで見た顔の人が幾人もの男とたむろしている。


「どうしたんですか?」

「何か今、見たことのある人が」


 そう、あれは確か、マーシュが結婚する予定だった人だ。

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誰よりも貴女たちには幸せになって欲しいから 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo

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