バス停

えことね

バス停

8時23分。

バス停の裏の道に、何かが落ちている。


魚。

そう思ったがいや、よく考えてもあんなアスファルトの上に在るわけがないじゃないか。

鈍い茶色の何かは、道端の鎖を反射してぬめついた光で、ふいにこちらを見た。


見た。

きっと、そんな気がしただけだ。きっとそうだ。そうにちがいない。

だいいちアレには目がついていない。頭もない。魚で言ったら切り身みたいな形状だ。

こちらを見ることなど、できるはずがない。


8時26分。

朝の1分は早い。バスが来るまであと3分だ。


8時27分。

いつもこのバス停で一緒になる人が、今日はまだ来ない。向かいのスーパーマーケットに、いつものトラックが入っていく。

背を向けたアレから、視線を感じた。


視線。

きっと、犬が散歩でもしているのだろう。いつもこの時間になると、柴犬を連れた老婦が裏を通るのだ。

そしていつも、にこやかにこちらに笑いかけ、会釈を―


会釈を。

しなければ、と振り返る。だが老婦も柴犬もいなかった。


8時29分。

いつもの車両は時間通りにバス停を通過すると、坂道を上がって右へ曲がり消えていった。

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バス停 えことね @ekotone

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