第25話 カラカラ/勝山君は添削する

 県大会で部活を引退した俺ではあるが、それでもハンドボール部に所属していた事実は変わらない。夏期講習の帰り際、後輩の相談に乗るのも大事な仕事だ。

 現役時代は生意気だと思うことの多かった湯元だが、わざわざ折り入って相談したいことがあるなんて、可愛いところもあるじゃねえか。お前からメールが届いた時には何事かと三度見くらいしたけど、せっかく頼りにしてくれてるんだ。ここは先輩として、湯元に借りを作……もとい、力になってやろう。


「で、相談ってなんだよ湯元。お前から声かけてくるなんて、珍しいこともあるもんだな」


 練習後と思わしき湯元は、タオルで顔を拭いながらうなずいた。相変わらず綺麗な顔をしている。これで性格さえ良けりゃ、女子から大人気だろうに──ま、完璧人間よりは親しみやすくていいけどな。


「俺じゃなくてダチが悩んでる感じなんすけど、大丈夫っすか」

「おお、別にいいけど、ハンドボール部の奴か?」

「や、同級生です。部活関係ない悩みなんで、とりあえず話だけ聞いてもらっていいすか。就職組で遊び歩く余裕のある勝山先輩にしか頼めないことなんです」

「はっ倒すぞ」


 たしかに大学受験はパスできるが、だからといって遊び歩ける訳じゃねーよ。就職なめんな。

 とはいえ、実際に困ってる奴がいるなら放ってはおけない。本当にしょうもない話だったら湯元に責任を取ってもらうことにしよう。希望を言っていいなら焼き肉がいいな。


「その悩んでるダチってのはどこのどいつだよ。今から出てこれるのか?」

「はい。すぐそこにいるんで」

「真金埼です」

「オレもいるぜ‼」


 壁からぬっと姿を現したのは、明らかにXLサイズのデカブツ二人。あまりにもあっさり出てこられたので、俺は悲鳴を上げそうになった。湯元の手前だったから我慢したけど。こいつ、一生言ってきそうだし。

 湯元が同級生で、我が校を代表する剣道家でもある真金埼律貫と仲良くしてるのは前から聞き及んでいた。いっしょに出てきたのは、今年の春から転校してきた愛智武功だろう。こんなナリだが華道部とのことで、見かけと柄の悪さに反しておしとやかなところのある奴なのだと湯元が吹聴していた。

 どっちが相談者なのかはわからないが、これは責任重大だ。知らず、俺の喉はカラカラに渇く。頑張れ、勝山かつやま太輔だいすけ。俺ならできる、湯元の前でカッコ悪いとこ見せられるかよ!


「用があるのはこっちの真金埼っす。愛智はただの野次馬です」

「ア? オレは付き添いだ、はき違えんなよ湯元! 質の悪い野次馬代表はテメエだろうがよォ! またフリップ芸するか?」

「湯元、お前フリップ芸したの?」

「先輩には関係ないんで。とりあえず、今は真金埼の話を聞いてやってくださいよ」

「おう先輩、こいつがお遊戯会スタイルで野次馬した話はおいおい聞かせてやるからよ! 今は悩める子羊ちゃんこと真金埼に付き合ってくれや」


 敬語を遣わないのは、かつて運動部に所属していた者としてちょっと気になるが……湯元の愉快な話が聞けるならいっか! 就活のストレスが取れそうでわくわくしてきた。

 さて、弾ける笑顔の愛智はともかく、悩める子羊──サイズ感と雰囲気的にはグリズリーとかヒグマなんだよな──こと真金埼に話を聞こう。こいつでも悩むことってあるんだなあ。俺に解決できることなんだろうか。

 ぴんと背筋を伸ばした真金埼は、スラックスのポケットから何かを取り出した。葵の紋所……ではなく、特筆すべきところのないシンプルな携帯電話だ。


「お手数をおかけすることは重々承知しています。ですが、俺にとっては危急存亡の時。どうかご教示いただけないでしょうか」

「い、いや、気にすんなよ。まずは用件から聞こうか」

「はい──女子へのメールの送り方を教えていただきたい」


 神妙な面持ちと内容のギャップに、俺は勢いよくずっこけた。

 そんなことある? えっ、聞き間違いじゃないよな? 真金埼、マジで言ってる?


「あーあー、何やってるんすか先輩。腰の爆弾が起爆したらどうするんですか」

「爆弾持ってねーわ! おい湯元、お前、これ罰ゲームじゃねえだろうな⁉」

「いやいや、まさか。真金埼は本気っすよ。こいつがふざけるタイプに見えます?」

「見えねえけど、お前が悪ノリしてそそのかすタイプってのはわかる」

「ギャハハハハ、言われてんぜ湯元! 年長者には敬意を払えよなァ!」


 さっきからずっとタメ口の愛智にたしなめられる辺り、同級生に対する湯元の振る舞いが見える見える。さてはこいつ、普段から真金埼をおちょくって遊んでるな?

 湯元はともかく、見たところ真金埼は本気らしい。今も仁王立ちしたまま、じっと俺を見下ろしている。近くで見ると本当に威圧感やべーな。マジで年下なのか疑いたくなってくる。


「えーと……それでだ、真金埼。女子にメールを送りたいんだっけ……?」

「はい。同い年で、他校に通う者です。先日電話番号とアドレスを交換することに成功しました。通話の経験はあります」

「なるほど、次はメールに挑戦したいってか。それって、そこの二人じゃ役不足なのかよ」

「俺たちも一生懸命考えたんすよ? けど、どうにも納得いく出来にならなくて……」

「あー、湯元は彼女いたことないもんな」

「それは先輩もじゃないすか」

「俺はほら、女友達もいるから」

「こき使われてるってだけでしょ。俺はちゃんといい女を見極めてるんで」


 部員全員が把握してる程度には女っ気のない奴が何を言ってるんだろう。見極めてるというか、お前の場合は注文が多すぎるんだよ。「湯元って顔はいいけど口開いたら喧嘩になるからない」って言われてるの、一年でも知ってるんだからな。

 ちなみに愛智はどうなんだろう。これでも成績は学年内でも一桁だっていうし、文章の組み立てには自信があるのでは?


「言っときますけど、愛智には期待しない方がいいっすよ。たしかにこの中では一番ましだし、根っからの文系ですけど、なんか出来のいいポエムみたいになるんすよね。古文の大問に出てきそうなメール見せられても困るでしょ」

「テメエの脅迫状よりは全然いけると思うけどな!」


 どうしよう、どっちも見たい。

 湯元がこういう分野で役に立たないのは既にわかりきっている。生粋の理系である湯元は、試験前になるといつも国語全般にキレていた。前部長の沖野いわく、人の心がわからない悲しきモンスターとのこと。俺も成績に関しては他人のことを言えた義理じゃないが、何をどうすればモンスター扱いされるのか、非常に気になるところである。


「ひとまず、それぞれの下書きを参照して欲しい。取捨選択は先輩に委ねます」


 そしてなんと、全員分の下書きを拝見する栄誉にあずかってしまった。めちゃくちゃテンション上がるけど、後で最適解を導き出さなきゃいけないって考えるととんでもないプレッシャーだな。覚悟して読まなければ。

 ええと、まずは真金埼の下書きだな。基本情報を確認するつもりで読ませてもらうとしよう。


【千代子へ

息災だろうか(^^)

俺は元気だ(^^)

夏季休暇の予定を可能な範囲で報告すること(^^)

詳細は追って連絡する(^^)

可及的速やかに変身するように(^^)

連絡は以上だ(^^)

律貫君より】


 変な声が出そうになった。

 これは……なんというか、とにかくヤバいぞ。さっきまで俺に相談役が務まるのか不安だったが、今は別の不安感に襲われている。ま、まずは修正すべき点を挙げていこう。


「真金埼……一つ一つ見ていくけど、まずこの……語尾の顔文字はなんだ……?」

「笑顔です。にこやかで気さくな雰囲気が出せたら良いと思って句点代わりにしました」

「うん、逆効果だな。少なくとも俺は怖いと思った」

「だから言っただろ~、せめて星とかハートにしとけって。お前の場合、笑顔の大盤振る舞いは圧力にしかなんねえんだよ」


 湯元がなんか知ったような口を利いているが、いちいち星やハートを付けられるのも鬱陶しいと思う。真金埼にやられたら不気味の方が勝るか。まあいいや、とにかく続きだ。


「文章が全体的に堅苦しいのも気になるな。これじゃ業務連絡だ。真金埼の普段の口調がこういう感じなら無理にとは言わねえけど、もうちょっと砕けた感じでもいいんじゃないか? せめて顔文字が浮かない文面にしろ」

「砕けた……善処します」

「あと誤字な。変身しちゃダメだろ。この、千代子ちゃん? 魔法少女になっちゃうから」

「む……たしかに千代子を戦わせるのは本意ではないな……。俺の方が適任だ」

「おっ、そういうことならオレはレッドがいいな、ド真ん中の! 敵が爆発した時、一番映える位置にいてえからな!」

「爆発するのは戦隊ものじゃね?」


 このままだと大男によるごつい魔法少女ユニットが誕生しそうなので、次に湯元の下書きを見てみよう。最後の律貫君より、も地味に気になるところではあるけど……もしかしたらそういう風に呼ばれているのかもしれない。あと、真金埼のことを律貫君呼びするのは何となく憚られる。一応後輩だけどさ、そんなこと言えるような相手じゃないんだよ。

 さて、とりあえず内容は把握した。要するに、真金埼は千代子ちゃんとデートするにあたり、まずは予定を共有しておきたいんだろう。こいつ、インターハイ行くんじゃなかったっけ? という疑問はさておき……次は湯元の下書きを確認するか。かつて部長から悲しきモンスターと呼ばれた湯元の出来映えやいかに。


【夏休み暇だろ

インターハイ終わったら付き合ってやるから予定送れ

言わなくてもわかってるよな?

なめたこと抜かしたらただじゃおかねえから

覚悟しとけ】

「湯元、お前マジ?」

「なんすか、完璧で声も出ないですか? あざす」

「うん、完璧に終わってるな。ボツ」


 逆になんでこれでいいと思ったのか、理解に苦しむ。湯元には早いところ自省という概念を習得して欲しい。

 よし、という訳で愛智の下書きを読むか!


「は? 俺の添削は? 直す部分ねーならこれで採用ってことじゃないんすか」

「全部ダメってことだよ。諦めろ」

「前向きなのは良いことだと思う」


 後輩どもがうるさいけど、ムキになってる湯元は面白いからそのままにしとくか。で、愛智の下書きは……と。


【拝啓 星祭の候 いかがお過ごしでしょうか。

文月も残り僅かとなりました。日は長くなりましたが、部活動の時間が増え、あなたと仄語らうことすら能わず、思い泥む日々が続いています。筒井筒の仲である我々ですが、往にし日を顧みるばかりでは、心が満たされることはありません。

良ければ、休暇の間、お互いの予定を調整して会いませんか。無理にとは言いません。ただ、このまま会えない日が続くと思うと、我が身はすぐにでも虚しくなってしまいそうです。

どうか、無理はなさらず、汝のまにまにお返事をいただければ幸いです。次に会う時まで、お互い健やかに過ごしましょうね。くれぐれもお体に気を付けて。

盛夏】

「わあ……」


 一気に世界観変わったな……。

 俺は液晶画面に並ぶ文字と、目の前の愛智を見比べる。何をどうしたら、こいつはここまで荒っぽくなれるんだろう。見た目は優等生、中身は文系、立ち振る舞いは荒くれ者って、さすがに配分間違えすぎじゃないのか。

 三者三様の下書きを確認し終わったところで、俺は一同を見渡す。想像してたよりもすごいものを見せられたが……うん、これだけははっきり言える。


「これ全部ダメだろ……」

「ええ⁉ なンでだよ先輩、こいつらはともかくよお、オレのはまだ許容範囲じゃね⁉」

「アホか、長い上にやたらめったら漢字が多くて読みづらいんだよ。大体、真金埼がこんな丁寧な文章を書く訳がないだろ。ゴーストライターって即バレするから」

「湯元テメエ、自分がボツにされたからって八つ当たりすンなよ!」

「喧嘩は良くない。して、先輩。結局のところ、俺はどういったメールを送れば良いだろうか」

「あー、絶対にいいって断言はできねえけど、シンプルなのが一番オーソドックスなんじゃないか? とりあえず顔文字をやめて、言葉もソフトにして……っと」


 真金埼の下書きを参考に、オレなりもメールを考えてみる。いきなり饒舌な真金埼が飛び出してきたら、お相手もびっくりするだろう。言葉は飾らずシンプルに、真金埼らしさ──勝手なイメージなので違和感があれば後で修正してもらいたい──を残しつつ……これでどうだ!


【千代子へ

こんばんは。少し聞きたいことがありメールした。

お互いの都合がいい日に、二人で会いたいと思っている。

千代子さえ良ければ、夏休みの予定を教えてもらえないだろうか。

急ぎの用事ではないので、時間がある時に送ってもらえたら幸いだ。

暑い日が続くので、体に気を付けて過ごそう。

律貫君より】

「む。流石です、先輩。今までの誰よりも自然なメールだと思います」

「そりゃ良かった。一応そのままにしてるけど、これ差出人は本当にその……律貫君でいいのか?」

「はい。このままで大丈夫です」

「こいつ、幼馴染みの女の子にまた名前で呼んで欲しいんすよ。だからわざわざ君付けして強調してるんです」

「思春期とかねーのかもな! ギャハハハハ‼」

「むむ……!」


 ずっとポーカーフェイスだった真金埼だが、二対一でからかわれてはさすがに黙っていられなかったんだろう。きゅっと眉をつり上げて、逃げる友人二人を完璧なフォームで追いかけ始めた。

 何の時間だったのか、謎ではあるが……我が校のスターである真金埼の、人間らしいレアな一面を見られたということで、夏の思い出のひとつとしておこうか。

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