第22話 雨女/茂ヶ崎さんは激励する
カレンダーの上では夏休みに入ってる我が校ではありますが、インターハイに出場する運動部の皆さんを除けば模試は強制参加となる訳で、そのついでなのか何なのか開校日は図書室もオープンすることになっている。要するに、模試の日と被ってしまった哀れな図書委員は、その意思に関係なくカウンター当番を強いられる。つまりあたしね。
「あー、ダルーい。こんな時ってザーッと雨でも降ってくれたら帰り際がマシになるのにね~。一日中猛暑日って、お天気も空気読めってカンジ」
ほとんど誰も来ない図書室、ぐでんとカウンターに突っ伏しながら話しかけると、同じく当番になってしまった二年生こと荒鷹ちゃんは、見慣れた苦笑いを浮かべて見せた。
「たしかに外気温は下がるかもしれないですけど、その分湿気が増しますよ。肌がべたべたしたら、余計に暑苦しく感じませんか」
「ああ、それは言えてるかも! 湿気って嫌よね~。髪の毛広がっちゃうし、汗乾かないし。結局夏って日中はどうなっても地獄じゃんね」
「クーラー様々ですね」
「ね~。せっかくの私立なんだからさ~、各教室にもクーラー付けて欲しいよね」
あたしたちが今いる図書室は、冷房の恩恵を受けられる数少ない教室のひとつだ。職員室や校長室などといった一部を除き、ほとんどの教室は毎年の夏を扇風機で乗り切っている。あとはプールの授業ね。この時期になると、皆体育が好きになるんじゃないかなーって思うのはあたしだけかな?
とにかく、ボロ……ごほん、歴史ある校舎を有する我が校は、最近騒がれている地球温暖化などなんのそのといった態度を貫き続けている。いくら東北とはいえ、活動時間はしっかり暑い訳だし、文明の利器に頼っても良いと思うんですけど。
とまあ、夏なる季節と学校の運営陣への文句は置いといて! 図書室を閉めるまでの時間、あたしは相棒こと荒鷹ちゃんとの雑談を楽しむことにします。後輩って、部活以外で関わる機会あんまりないし? 機会があるなら無駄にしない方がいいよね~。
「ねね、荒鷹ちゃん。荒鷹ちゃんはこの夏休み、どう過ごしますか!」
デデン、とバーコードリーダーをマイクに見立てて、いざインタビュー開始。こんな時くらい使ってやんないと、夏休み中ずっと放置されるバーコードリーダー君が拗ねかねない。新学期早々使えなくなるとかあり得んからね。
あたしの所属している……というか六月の引退公演で退いたので過去形が正確だけど、とにかく馴染みのある演劇部の後輩たちは、こういうのに慣れてるか、あーはいはいみたいなつまんない反応しか寄越さなくなってしまった。だから荒鷹ちゃんみたいな、普段関わりの少ない、しかも真面目でピュアっぽい子のリアクションは先輩にとって大事な栄養素なのだ。こういうこと言うと、同級生から後輩いじって楽しんでるのは一握りだよって言われるんだけどね。きっとわかってくれる先輩仲間はいるはず!
で、マイクことバーコードリーダーを向けられた荒鷹ちゃんはというと、わかりやすく困った顔をした。そう、これこれ。この困惑が美味しいんですよ。
「どう、と言われても……特にこれといった用事はありません。友達から誘われたら、どこかに遊びに行くこともあるかもしれないけど……この日に何をする、って決まったイベントは、今のところないですね」
「えー、受け身だなあ。インターハイは? 応援申し込みしたらワンチャンタダで行けるよ?」
「仲いい子の部活は出ないので……。それに、遠いですから」
「なんだよお、夏ってのはイベントとその雰囲気でいいカンジに成り立ってるんだから、何もしなかったら面白みも何もないじゃん! さすがにたなばたさんには行くよね?」
高校二年生、受験前で割と自由に動き回れる最後の夏を惰性と共に過ごすなんていくらなんでも退屈過ぎる。いや、まあたしかに? 荒鷹ちゃんなら真面目に勉強してそうだけどさ、それにしたって何も思い出ないのは寂しいと思う訳よ。もしかして荒鷹ちゃん、過去を振り返らないタイプ?
あたしが最後の望みをかけて投げ掛けた質問に対し、荒鷹ちゃんは少し思案する素振りを見せた。この熱さならギリギリ結んでもいいんじゃないかって長さの髪の毛が、かしげた首に従って揺れる。
「インターハイのスケジュール次第、ですけど……。たなばたさんには、行こうかなって思ってます。友達を誘って」
来た来た来た~‼ そうそう、こういう話が聞きたかったんだよ先輩は!
……あれ、でも待てよ。友達の所属してる部はインターハイと関係ないのに、何故インターハイのスケジュールとすり合わせる必要があるんだろう。
「荒鷹ちゃん、友達はインターハイ出ないって言ってなかった? あたしの聞き間違いだったらごめんだけど」
「ああ、いえ、他校の友達です。花火大会は無理そうだけど、お祭り自体には間に合うかもしれないので……無理そうだったら、学校の友達を誘います」
「ほほ~う……もしかして、男の子?」
「はい。……あの、
とか何とか言っちゃってるけど、ここまで来たら期待するしかないじゃんね! かったるいカウンター当番は、荒鷹ちゃんの言葉ひとつで祭りに早変わり。夏、始まったぜ!
「正直ね、先輩としてはその男の子とどんな関係だったとしても、貴重な夏休みを費やしてまでいっしょにいたいと思うその心持ちだけで十分なのだ! それでそれで、そのミスター某は同い年? インターハイ行くってことは高校生よね?」
「まあ……同学年です。そこまで仲が良いって訳じゃないですけど」
「けどさー、二人で出かけるって時点で結構仲良しよ? 今は他校……ってことは、中学の同級生とか?」
「幼馴染みです。小学校も同じでした」
「キャーッ! 盛り上がって参りました!」
「えっと、誰もいないですけど、図書室なので……。一応、静かにした方がいいと思います……」
おずおずと、しかしはっきりと注意されたので、あたしはてへっと舌を出して反省をアピール。さすがに後輩に叱られてまで悪ふざけはできないよね。
今でこそツッコミを入れてくれる荒鷹ちゃんではあるけど、当番になった当初は物凄くおとなしかった。いや、おとなしいのは今もかもしれないけど、当たり障りのないお返事しかしてくれなかった。あたしの機嫌を損ねない反応ばっかりで、最初はつまんないとかノリが悪いよりも先に、そんなに怖がらせるようなことした? って不安になっちゃうくらい。今ではある程度慣れてくれたのか、このように店舗の良い会話を繰り広げている。
それはさておき、荒鷹ちゃんにボーイフレンドか~。男子のことを怖がってそう、というか必要最低限の会話しかしなさそうな荒鷹ちゃんだけど、意外に隅に置けないじゃんか。
「あの、誘いたいとは思ってますけど、普通に断られる可能性もありますから。それに私、雨女だし……。あくまでもダメ元です。面白い話じゃないですよ」
静かになったあたしに、荒鷹ちゃんは申し訳なさそうな苦笑い。勝手に盛り上がったのはあたしだし、荒鷹ちゃんが負い目を感じることはないはずなのだけど……彼女はよく、許しを乞うような目をする。これもあたしに釘を刺している訳じゃなくて、この話を切り出した自分を恥じて、早いところ切り上げようとしているように見える。
はあ、と息を吐き出せば、荒鷹ちゃんの肩がぴくんと跳ねた。びびらせちゃったかな。自分でも変な先輩として認知されているのはわかるけど、後輩のことを怖がらせるつもりは一切ないぞ!
「荒鷹ちゃんはさ、その男の子と出かけたいのよね? それで一念発起して、断られるのも覚悟で誘おうと思ってる……ここまでオッケー?」
「えっ? は、はい……。違わないです……」
「だったらさ、面白いとか面白くないとか抜きにして、先輩は荒鷹ちゃんを応援します! 今年の夏は一回きりなんだから、そこに勝負を仕掛ける若人がいるなら先輩として背中を押してやんないとね!」
「そ、そんな大袈裟な話ではないと思います、けど……ありがとう、ございます……?」
「も~、なんで疑問形なの! そこはどーんと真っ向から受け止めてちょうだいよ!」
荒鷹ちゃんと先輩の仲でしょ、と肩を組むと、やっぱり困ったような笑顔で返される。でも、さっきよりは幾分か表情が明るくなった気がするし、オッケーとしましょう!
「これは先輩からのお節介もといアドバイスだけど、念には念を、だよ! やり残しがあったら引きずるからね。その男の子、大事な友達なら尚更ね!」
「大事な……そうですね。彼にだけは、嫌われたくないって、ずっと思ってます。まず、インターハイからいつ帰ってくるかが問題になりますけどね」
「スケジュールも込みで勝負ってことだな! 頑張んなよ、荒鷹ちゃん。一度っきりでも、勇気を出すのは簡単なことじゃないんだから!」
ぐっとサムズアップして見せたら、荒鷹ちゃんも控えめにだけど同じポーズをしてくれた。こういうところがカワイイんだよなー。
名前も知らない幼馴染みのミスター某よ、あたしのカワイイ後輩に悲しい顔させたら承知しないぞ! ……今年に入ってからの付き合いだけど、それでも先輩後輩には変わりないからね! とにもかくにも、あたしは荒鷹ちゃんを全力応援することにしたのでした!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます