第15話 岬/福室君は絆される
今年の修学旅行では沖縄に行く。九月後半に? と思う気持ちはなくもないが、最近は十月でも夏日になることがあるし、沖縄はこっちよりも暖かいから十分に海で遊べるだろう。心配なのは、どちらかと言えば台風だ。
普通、修学旅行っていうのは三年生が行くものというイメージがある俺だが、辰ヶ杜高校では二年次に行く。一応……というよりはほぼ自称だが、進学校という名目があるから、三年生になって遊び歩くのはよろしくないという認識なのかもしれない。
当然、グループは男女別。入学式直後にインフルエンザで一週間欠席させられた俺に友人らしい友人はいない訳だが、せっかくなのでガイドブックを買った。岬から臨む海はエメラルドグリーン。これが東シナ海か、リゾート地ってすごいな。
「
まだ見ぬ南国に思いを馳せる権利など、俺にはないらしい。そりゃそうだよな、俺なんてどうせじめっとした日陰がお似合いだよ。
本音を言えば一人で修学旅行を満喫したいが、こんな俺もグループへの加入は義務づけられている。余り物の俺を受け入れたグループは、同じく余り物が集まるような烏合の衆──ではなく、完全に仲良しグループだった。つまり俺はアウェイだ。一人だけ浮いた形となる。
その班長──真金埼律貫が、後ろから声をかけてきた。個人的にあまり関わりたくない相手だが、あっちから声をかけてくる機会が割と多いものだから、避けることはなかなかに難しい。
「指南書を買ったのか。わざわざすまない。班員全員で割り勘すれば良いだろうか」
「……いや、自分用だ」
「遠慮するな。共に周遊するのだから、俺たちは一心同体も同然。お前の出費は我々の出費でもある。後程領収書を拝見させてもらえるか。湯元と愛智にも伝えておく」
……突っ込みたいことは山ほどあるが、何より危惧すべきは真金埼が自らの椅子を持ってきたことだ。奴はさも当たり前のように俺の真正面に椅子を置き、躊躇いなく腰を下ろす。
これだから真金埼は苦手だ。意図も先の行動も読み取れない。
真金埼律貫は、この辰ヶ杜高校を代表する生徒と言っても過言ではない。剣道部のエースにして将来を嘱望される俊才。
本来なら関わり合いになるべきではない相手──のはずなのだが、どういう訳か俺はこの男と同じグループになってしまった。ついでに、普段から真金埼とつるんでいる湯元と愛智も付いてきた。
いかにもきらきらしい湯元と、恐らくこの教室の中で一番治安が悪い愛智も厄介な相手だ。……が、真金埼と比較すればまだ話が通じる。最も問題視すべきは、まさに今目の前に居座っている真金埼に他ならない。
こいつだって、別に俺に危害を加えてくる訳じゃない。慣れないなりに、色々気を遣ってくれていると俺にもわかる。──けど、それでもスルーできないことはある。
「む、土産物を見繕っているのか。俺にも見せてくれないか」
まず、こいつは距離感がおかしい。大して親しくもないのに、いきなり真正面にやって来るのが良い例だ。
どうせ、俺がお土産を渡すのなんて家族くらいだよ。あんまり触れて欲しくないので、俺は素直にガイドブックを差し出す。破損しないならご自由にご覧になれば良い。
ガイドブックを受け取った真金埼は、顎に長い指を添えながらページとにらめっこする。まだ現地に着いてもいないのに、やけに真剣だ。お土産を買ってこないと殺されでもするんだろうか。
「千代子は、何を渡せば喜ぶだろうか……」
本人は独り言の、いや、もしかしたら口に出す予定ですらなかったのかもしれないが、生憎こちらにはばっちり届いている。今すぐにでもこの場を離れたいが、ここは俺の席だ。離れるとしたら真金埼の方だと思う。
見るからにストイックな真金埼でも、彼女とかいるんだ。羨ましくはない。女を喜ばせるとか、俺には無理だし。
他人の交友関係がどうあろうと、友人でも何でもない俺に言及する権利はない。ただ、勝手に裏切られた気持ちになっているだけだ。
千代子って絶対女だよな。真金埼みたいな、剣道と筋トレにしか興味なさそうな奴でも、恋愛とかするんだ。まあ、たしかに他人に全くの無関心って訳でもなさそうだし、現に真金埼は友人がいる。ただでさえ人見知りで、他人に話しかけるだけでも心の準備をしなくてはならず、うだうだしている間に友達作りの機会すら失った俺とは雲泥の差だ。しかも、全くタイプの違う奴だし。こう見えて、意外とコミュニケーションが上手な人間なのか?
「福室、お前はどう思う? 同年代の女子が喜びそうな土産物に、心当たりはあるだろうか」
前言撤回。コミュニケーションには問題がありそうだ。
なんで俺に聞く? いや、目の前にいるからなのだろうけども、それにしたって人選をよく考えるべきだろう。昼休みは誰ともつるまず、早く終われと願っているようなぼっちだぞ? 女どころか、男の好む土産物すらよくわからない。ドラゴンが巻き付いた金ぴかの剣のストラップとか、俺は割と好きだけど……クラスの連中が好まない、むしろネタにされそうなことくらいは理解している。女子の好みなんて意味不明だ。
「……俺よりも詳しい奴がいるんじゃないのか」
例えば湯元とか、と付け足したいのをぐっと堪える。芸能人に匹敵する程の顔立ちを持つ湯元だが、同級生の女子たちからは結構雑に扱われている。歯に衣着せぬ物言いは、甘いマスクがあってもどうにかなるものではないのだろう。加えて、あいつは女子に愛想を振りまかない。良くも悪くもさっぱりとした奴だ。女心に明るいかどうかは知らないが、見た目だけで決めつけるのは良くない。……決して、よくよく考えてみたらなさそうだなと思った訳ではないぞ。
とにかく、クラスメートとさえろくに絡めていない俺が土産選びの役に立てるとは思えない。恋人が相手なら尚更だ。それこそガイドブックの指示に従うのが一番じゃないのか。
そんな拒絶の思いを込めて提案してみた訳だが、真金埼は二つ返事で納得はしなかった。何故かこそりと周囲を見回し、先程よりも声を落として答える。
「……お前は茶化さないだろう」
「……は?」
言っている意味はわかる。あの真金埼に恋人がいるかもしれないなんて知れた日には、教室、いや学校中がその話題で持ちきりになるはずだ。大々的に見せびらかしたいなら良いが、秘密にしておきたい場合には弊害になることこの上ない。
それを考えたら、真金埼が俺を選んだのはおかしくないような気もしてきた。俺は孤立している。……いや、誤解があってはいけないので付け加えておくが、邪険にされている訳ではない。ただ、俺の勇気が惰性を上回れなかっただけだ。
何はともあれ、俺なら他言無用を強いるまでもなく、
けど残念だったな、俺には友達もいなければセンスもない。一番身近な異性は母親だ。恋人への贈り物なんて、守備範囲外にも程がある。
「……悪いが、他をあたってくれ。あんたの役には立てない」
変に期待された上に幻滅されて、ここからさらに気まずい修学旅行になるのだけは御免だ。真金埼には申し訳ないが、俺が役立たずだということを理解してもらうより他にない。
真金埼は真っ直ぐに俺を見つめる。アイコンタクトが苦手な身としては、早いところ見限って欲しい。あんたにわからないことが、俺ごときに理解できる訳ないじゃないか。
「それは早計だ。お前は俺の役に立てる」
このまま自然と離れる流れになってくれたら良かったのだけど、真金埼はそうもいかない。むしろずいと顔を寄せてきた。眼力が強すぎて、俺は反射的にのけ反る。
「な……なんでそう言い切れる。言っておくけど、俺は土産物に詳しくない」
「承知の上だ。端から知識は求めていない。俺が福室を頼ったのは、口の堅さだけが理由ではない」
「それなら、どうして」
「お前と話してみたかった」
えっ…………。
いや、しっかりしろ俺。真金埼はもとから言葉少なだ。真意は別のところにあるのかもしれないし、真に受けてはいけない。
「は、話したかったって……。俺は面白い話なんてできない。ガイドブックの方が何倍も面白いと思う」
気恥ずかしく思っているのを悟られないように、敢えてそっけない口調を意識する。ここで俺だけ浮かれて、後から孤独感に苛まれるのは嫌だ。
「内容は問わない。同じ班になった者同士で、交遊を深めたいだけだ。それに、お前が干渉することで指南書も深みを増す。福室が付箋を貼っていなかったら、俺はこのジャンボタコライスの存在に気付くことなく修学旅行に臨んでいた」
「うわああああ‼」
何ということだ。なかなか行けない土地だしソウルフードを片っ端から食い尽くそうとしていたのがバレた!
目立ちたくないのに、衝撃から俺は大声を上げてしまう。終わった。もうだめだ。修学旅行どころの話ではない。
打ちひしがれる俺を前にして、真金埼は何故か穏やかな表情を浮かべている。そして何を思ったか、大きな手で俺のそれを包み込んだ。
「湯元や愛智はいい奴だが、時々会話の速度について行けない時がある。今話してみて確信した──福室、お前とは会話の波長が合うようだ」
「そそ、それがどうしたっていうんだよ……」
「俺も食べることは好きだ。土産に菓子を選ぶのも悪くはない。同じ班になったのも何かの縁、共にジャンボタコライスを……いや、沖縄料理を食べよう。その上で、土産物に何を選べば良いか、助言をもらえるとありがたい」
「……俺なんかが役に立てるかな?」
「案ずるな。成果の有無は問わない。親交を結ぶことができたのなら、それだけで十分だ」
「真金埼……」
……多少癖はあるけど、真金埼は悪い奴じゃないのかもしれない。
俺を真っ向から見据える真金埼の目には、一点の曇りもない。こんな目をする奴が、嘘を吐いてるはずがない──もしそうでなかったら、俺の見込みが甘かったというだけだ。
なんだか、これからの修学旅行が楽しみに思えてきた。真金埼と同じ班になれて、俺は案外ラッキーだったのかも。
「おい真金埼! なーにこそこそしてんだよ?」
「オレたちを除け者にして作戦会議とはいい度胸だな‼」
……やっぱりラッキーなだけじゃないみたいだ。
迫り来る湯元と愛智の声に、伸びかけていたオレの背は再び猫背へと戻ったのだった。
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