第12話 チョコミント/愛智君は友を案じる
真金埼律貫は愉快な奴だ。本人はクソ真面目に過ごしてるつもりなんだろうが、それが一層愉快具合に拍車をかけている。
真金埼からは度々友人扱いされるが、付き合い自体はいっしょにつるんでる湯元程長くない。そもそも、今年になってオレがこっちに引っ越してきたことが知り合った理由だから、無理もねえことだ。
別に、付き合いの長さが関係に比例する訳じゃねえし、真金埼は誰に対しても自分の在り方を変えない。だから特に気にすることもなく、楽しくやっていけるものだと思ってたが──奴は思っていた以上に面白え事情を抱えているらしい。
「……学校を牛耳る生徒会とは、本当に存在するのか?」
小さなコミックスを両手で持ち、真金埼は真剣な様子で疑問を口にする。冗談ではなく、本気で支配者系生徒会の有無を気にしているんだろう。
ここは湯元の家、オレたちは湯元妹に貸してもらった少女漫画を読んでいる。というのも、真金埼は長年斜向かいの幼馴染みに懸想しているらしく、思い切って恋文……とまではいかないが手紙を送る心積もりでいるからだ。女子に宛てた手紙なんて書いたことがないと宣う真金埼のため、女受けしそうな文面を考え──最終的に、女が好む漫画で学ぼうという運びになった。
「そんなのいちいち気にしてたらキリねえって。お前が聞き出したいのは、まず千代子ちゃんの携帯番号とメールアドレス、あと恋人と交際経験の有無だろ。余計なこと考えてないで集中しろ」
「最後は不要だ」
「とか言っちゃってさ、気になるか気にならないかで言ったら前者だよな? 一生幸せにするって言うくらいなら、下手に誤魔化すなよ」
「俺は千代子と交際したい訳ではない。ただ、以前のように友好的な関係を……」
「まどろっこしいな、どうせ好きなんだから聞いとけよ。つーか、わざわざ手紙にしなくたっていいだろ。ラブレターひとつ入れ違えられただけでここまでしようとする奴はな、恋愛感情があろうとなかろうとクソ重いの。端から普通の友人関係なんて無理無理」
真金埼本人は気付いていないようだが、湯元は完全に面白がっている。親身になって相談に乗る、というよりは悪趣味な野次馬だ。完全無欠の真金埼が、幼馴染みへの感情に飲まれて迷走するのを楽しんでやがる。
オレも面白いものは好きだ。……が、せっかく温めた思いを娯楽にされるのは胸くそ悪い。真金埼が一念発起するんなら、可能な限り良い方向に持って行くのが常道じゃねえのか?
「おい真金埼、とりあえず現状確認させろ。オレはそこの浮かれポンチと違って、探偵じみた真似はしてねえからな」
漫画をちょうど良く読み終わったので、むむむと眉根を寄せている真金埼に声をかける。この様子だと、自分の考えを上手く言語化できず難儀しているんだろう。常々言葉数の少ない奴だが、この調子でよく今までコミュニケーションが取れてきたなと思う。
「まず、テメエは例の幼馴染みに嫌われてはなかった。いっしょに下校はできた。会話自体は普通にできンだよな?」
「ああ。若干壁はあったが……」
「そりゃいきなり名前呼びしろって方が難しいだろ、しばらく疎遠だったなら尚更だ。ひとまず、幼馴染みは接触を拒否してはない。こっちにも一回来てくれたんだろ?」
「母に頼まれて、だがな。その時、同じ傘に入って帰った」
「この時点で脈ありだと思うんだよなー、俺としては」
湯元が口を挟んでくるが、ここでは無視する。色ボケ脳に用はねえ。
「で、今後も対話の可能性があるってわかったからには、聞きそびれてた連絡手段をこのタイミングで聞き出したい。けど口で切り出すのはやりづらいし、ちょうど幼馴染みが恋文もらって、そのくせ平然としてやがったからいっそ手紙で伝えようか……って話だったか。ここまで間違ったところがあるンなら今訂正しろ」
「千代子宛のラブレターではなかった。入れ違いだ」
「それはオレも理解してらあ。便宜上ってことだよ」
それ以外に誤りはなかったようで、真金埼は口を閉ざした。今となっちゃ慣れたものだが、こいつは気の利いた相槌を打つとか、話を先に進めるとか、会話の中で自分から動くことが極端に少ない。寡黙というより話し下手だ。学校じゃ誰にどう思われようが構わない、とでも言いたげな顔で過ごしてるが、幼馴染みに誤解されたらどうするんだ?
「テメエは幼馴染みと男女交際がしたい訳じゃねえ。なら、最終的な目的は何だ? 前みたいに仲良くやりたいとは言うが、またお友達になれれば満足か?」
「いやいやまさか。こいつは千代子ちゃんを幸せにしてやりたいんだと。そうだよな、真金埼?」
一旦退室して台所から棒アイスを持ってきた湯元が、再び口を挟んでくる。バニラと抹茶とチョコミント。湯元はともかく、真金埼はバニラか抹茶を選ぶだろうと思い、チョコミントを選んだ。親は歯磨き粉の味だっつって嫌ってるけど、オレはこの味が嫌いじゃねえ。今日みたいな暑い日にはぴったりだ。
さすがに言い過ぎだろと思わないこともなかったが、どうやら湯元の発言は間違っていないらしい。バニラを選んだ真金埼は、包装を破ってからうなずいた。
「最終目標があるとすれば、湯元が言う通り千代子の幸福を見届けることだ。俺はどのような立場でも構わない。ただ、千代子が幸福を感じられているのなら、それで満足だ」
「へえ……クソ重てえのな」
「うーわっ、愛智が引くとか相当だぞ。やっぱお前、物理的にも精神的にも重いんだって。はい証明完了、Q.E.D.」
「あ? 情緒のわからねえ理系は引っ込んでろよ」
「あだだだだだほっぺ引っ張るなよ‼ 伸びる、伸びるって‼」
いちいちやかましい湯元を黙らせてから、オレは真金埼に向き直る。既にアイスを食べ終えたらしい真金埼は、じっと棒を凝視していた──当たりじゃねえか。良かったな。
「ひとまず、テメエが正気でいかれてるのはわかったわ」
「悪口か? 感心しないな」
「これぐらい言わせろよ。そんで、テメエが幸せにしてやりたいっていう幼馴染みはそんなに不幸な人間なのか? ついこの間会ってンだ、わからないとは言わせねえぞ」
「いや……不幸ではない、と思う。見たところ友人もいるようだったし、外傷も見受けられなかった。深刻な状態にあるようには見えなかったな。友人は俺を警戒している様子だった。千代子のことを本気で心配してくれているのだろう、事前連絡の必要性を説かれた」
「そりゃ相手の方が正しいな! 何でもかんでも行き当たりばったりかよ!」
「笑うな、故にこそ個人的な連絡手段を手に入れたいんだ」
こいつがガキなら頬でも膨らませるところだったんだろうが、生憎既に分別がついている。威嚇しているとしか思えん顔で睨まれた。図体ばっかりでかくって、感情表現は全然なのが真金埼という人間だ。口数の少ないでっけえガキ、と表現するのが適当か?
「何にせよ、連絡先を知っとくってのは普通に便利だし、聞いといて損はねえな。幼馴染みって隠れ蓑があるんだから、何かあった時のために……って体で書いたらどうだよ。親同士も交流あんだろ?」
「親同士……まあ、そうだな。では、緊急時の連絡のためと書いておく」
「そうしな。あと伝えたいことあるか? こういうのは変に飾らない方がいいんだよ」
「えっ、じゃあ瑞穂に漫画借りなくても良かった? 俺がアイスおごるの完全に損じゃん……」
「それはほら、添削の時に使うんだよ。万が一こいつが果たし状めいた手紙をしたためた時のためにな」
「あーなるほど。それならまあいっか」
「お前たちは俺のことをなんだと思っているんだ?」
「でかいガキ」
「赤ちゃん」
「むむ……」
示し合わせたつもりはないが、オレと湯元の認識は一致していたらしい。奇妙な連帯感を覚えたのでその場のノリで拳を軽くぶつけてみたら、真金埼が悔しげに眉をひそめながら参戦してきた。こいつの悔しがるポイントはよくわからない。
この後、推敲と添削に相当な時間を取られ、結果的にオレたちは湯元家で夕飯を食った。初っぱなから『今、幸せだろうか?』と書くような奴は手紙どころかコミュニケーションそのものを見直した方が良いと思うが……何だかんだで楽しかったからいっか!
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