第11話 錬金術/湯元さんは見返りを求める
兄貴に呼ばれたので、後で見返りをせびろうと考えつつ自室を出た。駄菓子が好きなうちの兄貴は頻繁に分け前をくれるけど、それで済まされるのはなんかむかつくのでコンビニスイーツ辺りをねだろうかな。それかラーメン。兄貴と二人で飯に行くって考えると、ちょっとやだけど。
今日は兄貴の友達が遊びに来ているらしい。隣の部屋から、兄貴以外の声も聞こえる。部活のチームメイトだったら汗臭そうだな。兄貴は大量の制汗剤と汗拭きシートを買い込んでるけど、部活帰りの兄貴が通ったところは部室のにおいがする。くっせえことこの上ない。
何の用なのかは知らないけど、臭いならあまり長居したくはない。鼻呼吸を止め、私は兄貴の部屋のドアを開ける。
「おおっ、
真っ先に文句を飛ばしてきたのは兄貴だが、私は兄貴以外の人物に視線を奪われた。
兄貴の友達らしき人は二人いるが、圧が強すぎる。二人ともでかいし、目付きが鋭い。眼鏡をかけていない方に関しては男子高校生の散らかった部屋にいるとは思えない程、それこそお手本のような姿勢の良さで座している。そこだけ空気が冬みたいだ。寒いとかじゃなくて、キンッと澄んでいる。触れるだけで痛い、張り詰めた外気。
帰ろうかな。さっと踵を返そうとしたが、それよりも先に兄貴が回り込んでいた。背中を押され、やや強引に招き入れられる。
「何勝手に帰ろうとしてんだよ、お前の力が要るんだって。この超絶有能自慢のお兄様がお願いしてるんだから、少しでも役に立とうとするのが妹のあるべき姿だろ」
「兄貴なんか自慢どころか恥だわ恥。今度おごってくれるなら、内容によっては聞いてやらんこともないけど」
「うーーーるさ、聞くだけで済まそうとしてんじゃねえよ。今なら俺だけじゃなく、あの真金埼律貫からも感謝されるんだぜ? 手伝う以外の選択肢はないだろ。まあ瑞穂は俺と違って頭の回転おっせえから? 後々の利益なんてわかんなくても仕方ないけどな~」
兄貴の減らず口は相変わらずだけど、これは後で倍にして返せば良い。それよりも問題は真金埼律貫だ。
「真金埼律貫だ。よろしく頼む」
「おい湯元、オレを利益にカウントしねえとはいい度胸してやがんなァ、ええ? 湯元妹、今からこいつボコらね? あ、オレは
私に向けて、眼鏡をかけていない方のお友達がぺこりと頭を下げる。眼鏡の方──愛智は自分だけ外されたのが不満なのか、指の関節をパキパキ鳴らしながら共闘を持ちかけてきた。インテリ系なのかと思ったけど、中身はヤンキーなのかな。
兄貴をボコりたいのは山々だが、自宅で暴れて何かあったら不利益を被るのは湯元家だ。その一因であるからには、多少のストレスは我慢しなければ。兄貴には後でおごらせれば良いし。
「兄貴、有名人の腰巾着やってんだね。家では威張り散らかしてるのに」
「お前はいちいちむかつく物言いしかできねーの? 普通に友達だよ。クラスがいっしょって前に話したの、忘れたのか?」
真金埼律貫と言えば、他校生、かつ剣道をやってない人でも知っていておかしくないレベルの有名人だ。兄貴の通う辰ヶ杜高校の剣道部が単なる強豪から、県内の剣道部にとって超えられない壁になってしまったのは大体真金埼のせいだと言っても過言ではない。
そんな地元のスター候補と二年連続で同じクラスだった……という話は聞いたことがあるようなないような。それにしたって、家に連れてくる程の仲だとは思わなかった。あの性悪兄貴に付き合ってくれるなんて、真金埼は心が広いんだろう。
兄貴だけなら何を頼まれても断るつもりだったが、真金埼律貫がいるなら少しは考えよう。私は兄貴からクッションを強奪し、その上に腰を下ろす。
「で、私は何をしたらいい訳? わざわざ呼び付けたってことは、私にできることでしょうね」
「乗るのがおせえって。瑞穂、お前少女漫画好きだろ? おすすめあったら貸してくんね? できれば学園もの」
「は? 少女漫画?」
たしかに私は少女漫画が好きだけど……どういう風の吹き回しだろう。ついこの間、兄貴から「お前、漫画ばっか読んでないで少しは現実見ろよ」と言われ、ケツに蹴りを入れてやった思い出があるんですけど。
「すまない、湯元が少女趣味になった訳ではないんだ。俺が読みたくて頼んでいる──良ければ、君が良いと思う作品を貸してもらえないだろうか」
横目で兄貴を睨んだら、なんと真金埼が再び頭を下げてきた。しかも今度は深々と。
兄貴の掌返しを責める必要はなくなったけど、ますます訳がわからない。この人少女漫画……というか、漫画読むんだ。エンタメ関係は全部絶ってそうなのに。
「あの……貸す貸さないは別として、なんでですか……?」
純粋な疑問を抑えられず、私はそっと挙手しながら尋ねる。何も知らないまま貸し出すのは、何となく気持ち悪い。せめて用途を教えていただけないだろうか。
真金埼はぱちくりと、ゆっくり瞬きした。長い指が顎に添えられ、思案の姿勢に入ってしまう。──え、そんなに深刻な理由があるの?
「フツーに伝えればいいだろうが、何迷ってんだよ? こいつ、女の子に手紙出したいってだけだぜ?」
数秒の沈黙でも耐えられなかったのか、愛智がソッコーでネタばらしした。この人に秘密は預けない方が良さそうだ。
結果として理由はそこまで深刻ではなさそうだったが、真金埼は見るからに不服そうな目をしている。文句はないが、む、と一言唸った。兄貴といい愛智といい、この人もしかして友達選びがあまり得意ではない?
「まあそういうことなんだよ。こいつ、普段は女っ気全然ねえから、何を参考にしたらいいのかもわかんなくってさ。女受けの良さそうな文言を学習しに来たって訳。ウケるよなー」
「ウケないわ。兄貴は手伝う気あんの?」
「あるからこうしてお前を頼ってるんだよ。お前はちんちくりんだけど一応恋愛ものも読むだろうし、この中では一番女心わかるだろ? だったら言われて嬉しい言葉の一つや二つ出てくるよな?」
兄貴の発想の飛躍はクソバカ錬金術としか言い様がないけど、たしかにこの中で女心に理解がありそうな奴……と言われたら、嬉しくないけど多分私だろう。真金埼はそもそもわからないから私を頼っているのだし、兄貴はこの様。頼みの綱があるとすれば愛智だけど……まあこの人に知識があっても全面的に頼るのは憚られるよね。柄悪いし。殴れば解決だろ! とか言いそう。
腑に落ちない点は多々あるのだけども、有名人に恩を売っておくのも悪くないか。兄貴には今度アイスでもおごってもらおう。31のバラエティボックスで。勿論全部私が食べる。
「わかったよ、いくつか見繕ってみる。言っとくけど希望のシチュエーションがあるかはわかんないから、私に文句は言わないでよね。それから後でアイスおごれ」
「オレらにもおごるよな? お友達なンだからよお」
「だーっ、愛智まで便乗すんなよ! アイスぐらいなら買ってやるから! わかったらとっとと持ってこい、愛智も付いて来たからには協力しろよな!」
「湯元、俺も頼んで良いだろうか」
「いいよもう! こうなったら全員に買ってやるよむかつくけど! つーか真金埼、お前アイスとか食うんだな!」
人にものを頼む態度とは到底思えないけど、私が漫画を貸し出すことでアイス十二個になるのなら見返りとしては十分だ。当てつけとばかりにドアを足で閉めたら文句を言われたが、今更気にすることではない。どのフレーバーを買ってもらおうか考えつつ、私は本棚を吟味することにした。
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