第9話 ぱちぱち/砂押さんは見繕う

 作戦会議の場にたまたま居合わせてしまった場合、最も穏便に済ませる方法はなんでしょうか。そんな問いが出されたら三十六計逃げるにしかずと答えたいところだけれども、いざ自分が当事者になってみると意外に好奇心が勝るのだとたった今実感した。


「すまないが、俺はラブレターに……いや、手紙そのものに明るくない。どうかお前たちの力を貸して欲しい」


 りゅんりゅんこと顧問の入生沢先生の誕生日が来週に迫るため、我々吹奏楽部はお祝いの色紙を作成すべく駅前の大きい雑貨店で素材を見繕っている。あたしは色紙を彩るシール類を探しに来たのだが……人一人分を空けた先で、他校生がラブレター作りに際する作戦会議を行っていた。

 前述の、内容にしては切り出し方が重々しすぎるお願いを発したのは、すごい……なんというか、学生にしては貫禄がありすぎる男子だ。武士にとってお手本とされるのはこういう人なんだろうなって感じ。色恋なんてすぱっと一刀両断しそうな彼が何故ラブレターをしたためるに至ったのか、通りすがりの一般人ことあたしは気になって仕方がない。


「つってもさあ、うちの妹はまだ中学生なんだけど。こういうのって同年代の女子に聞いた方が流行りとかわかるくね?」


 すかさず苦言を呈するのは、アイドルっぽい顔立ちの正統派イケメン。半袖カッターシャツの下にかぼすみたいな色合いのTシャツを着ているが、顔とスタイルがいいと多少色彩に違和感があっても似合うものらしい。いかにも硬派な男子とは不釣り合いな気がするけど、他人の交友関係に口出しは禁物だ。こんなカッコいいお兄ちゃんがいるなんて、妹さんはさぞかし学校で自慢できることだろう。


「それを言うンならよお、うちの妹は小学生だぜ? だったら女児向けファンシー雑貨しか知らねーオレよりは役に立たねえとなあ、湯元?」


 ギャハハ、なんて絵に描いたようなDQN──失礼、やからじみた声がするもんだから、どんな不良が割り込んできたんだよと思ったが、イケメンこと湯元君に絡んでいるのは黒髪にスクエア型眼鏡の男子だった。こんなギャップある人って本当にいるんだ。

 それにしても湯元君を挟む二人はでかい。絶対に百八十センチは超えている。下手したら百九十まで届くかもしれない。おかげさまで声がよく聞こえる。跳躍力が問われる……いや、乗り物系のスポーツを除けば大体活躍できるポテンシャルがある。

 何はともあれ、大男たちはラブレターに使えそうな雑貨を探しているらしい。傍から見ればシュールな光景だが、彼らは本気なのだろう。各々が真剣な面持ちでシールを吟味している。


「真金埼、これとかどうよ! 中に水が入ってんだぜ!」


 ギャップもりもり眼鏡君、何を手に取ったかと思ったらまさかのウォーターシールだった。たまに香りがついてるやつだ。ただ水が入ってるだけじゃなくて、ラメとか細かいビーズが入ってるのが王道だよね。

 武士の鑑こと真金埼君──どこかで聞いたことのある名前だ──は、特に訝しげな顔をすることなく提案されたシールを受け取った。切れ長の目が、精査するように細められる。


愛智あえち、手ずから選んでくれたのは大変ありがたいが、改まった手紙に貼るとなると情報量が多すぎる気がする。特にこの、虹を象ったシールでは、頭に小さい三角コーンを乗せた妖怪と網を被っている妖怪が会話をしている。本文よりも先にこの……めろりろり~ん、あまあまシロップで恋愛運急上昇だめろ……と占いが入るのはいかがなものかと思う」

「ア? ショートケーキの妖精のいちごちゃんとメロンパンの妖精のめろろんだよ。勝手に妖怪扱いすんじゃねえ。次はねえからな」

「すげえ詳しいじゃん……」

「言ったろ、ファンシー雑貨は十八番なんだよ」


 眼鏡君こと愛智君、めちゃくちゃガン飛ばしながら妖精さんたちを紹介しているのでだいぶ面白い。棒読みで朗読される占い結果も相まって、何とも言えない空気を形成している。

 ウォーターシールはお気に召さなかったのか、真金埼君はそっとフックにかけ直す。そして、再び可愛いシール類とにらめっこを始めた。


「思うんだけどさ、ラブレター出すのに必ずごてごてさせなきゃいけないって理由はなくね? むしろお前のことだから、下手に飾ったらふざけてるように捉えられそうな気がする」


 ここで湯元君がご意見を提示。ちらっと見た感じ、彼が眺めているのは切手をモチーフにしたシールや、シンプルなワンポイント系。あたしが持っているサプライズ用のそれとは対極をなす、目に優しいデザインだ。

 真金埼君の性格は知らないが、これまで受けた印象や発言を鑑みるに、真面目で朴訥とした人なんだろう。そんな彼が、誰に宛てたものかはさておき女児向けの素材でラブレターをしたためるのは大変ミスマッチではないかと思う。湯元君の言う通り、本気と受け取られる可能性は低い。

 すっと姿勢を正した真金埼君は、ぱちぱちと何度か瞬きした。図体は大きいのに、あどけない子供のような仕草だ。未だ香り付きのシールを顔に近付けて「おい、これ石鹸の匂いすんぜ!」と実況している愛智君もなかなかだけど、彼もまた見かけにそぐわない一面がありそうだ。


「湯元、お前の言い分は尤もだ。しかし、飾り気のない──ものを送ったとして、果たして千代子は心動かされるだろうか? 幼馴染みの特権を利用して、予行練習していると解釈されかねない」


 なるほど、真金埼君の思い人は千代子ちゃんというのか。真金埼君のイメージから派生して、あたしは武家の奥方みたいな、凜とした女の子を想像する。部活動でいったら、弓道とかやってそうなタイプ。


「そもそもよ、真金埼。テメエの幼馴染みで、しかも家が近所なら直接告ればいいじゃねえか。なんでわざわざ手紙なんて回りくどい手段を取んだよ? 相聞歌があるにしたって、今時は歌だけ手渡しでいいだろ」

「相聞歌……?」

「古典詩における恋歌だよ。何だ、テメエ意外に現代っ子なんだなあ! 辞世の句とか詠んでそうなのにな!」


 そして愛智君は思ったよりも古風……というか割と文系の可能性が出てきた。何となく理系なんだろうな、と思っていた自分が恥ずかしい。いや、文理どっちもいける可能性があるから、一概にこうと決まった訳じゃないけど……こうなってくると物言いが多少荒いだけで、見た目通りのインテリ系なのかもしれない。

 ここまでの会話で、真金埼君の思い人こと千代子ちゃんは彼の幼馴染みで、恐らく真金埼君のことを恋愛対象として明らかに意識している訳ではないということがわかった。距離感が近すぎると、逆に守備範囲から外れてしまうこともあるようだ。たしかに相手のことを知りすぎてたら、変なところでリアリティー出ちゃって気持ちが萎えそう。

 友人二人からそれぞれ意見をいただいた真金埼君は、数秒間沈黙する。沈思黙考とは、こういう状況を言うのだろう。その場のライブ感で受け答えしている同年代の学生たちには、彼の姿を見習って欲しいところだ。


「……まず初めに言っておくが、俺は千代子に好意を告白するつもりはない。何故なら、俺は千代子に幸せになって欲しいだけであり、恋愛関係を結びたい訳ではないからだ」


 黙考の後に、真金埼君がお気持ちを表明。単純に付き合いたい方がソフトに思えるのは、あたしだけだろうか。


「俺は千代子との関係を改善したいだけだ。その手段のひとつとして手紙をしたためることが有用だというだけで、内容は世間一般に語られるラブレターとは異なる可能性がある。ただのラブレターでも一見平然としていた千代子の意表を突くには、中身ではなく意匠にこだわった手紙を作成することが望ましいと言える。以上が俺の持論だ」

「……真金埼、お前だいぶ迷走してんだな……。改めて千代子ちゃんってすげえわ」

「まーとりあえず、悩んでる暇があるなら茶でもしばこうや。気に入ったのがあれば買っとけよ、何かの役に立つかもしんねーじゃん」

「迷走も悩んでもいない」


 真金埼君は納得いっていないようだが、連れ二人はいい加減移動したいのだろう。左右両側から真金埼君の手を引いて、その場を離れていった。例えるなら、ぐずる子供を多少強引に連れて帰る保護者だ。

 短時間ではあったが、すごいものを見聞きしてしまった気がする。いっしょに素材探しに来ていた友人の陽葵ひまりに、何やら不思議な会話を聞いた、と伝えたところ、「生きている中では色々あるよ」と微笑まれた。同級生であるはずの彼女がこうも達観するに至った人生経験の数々に、先程の真金埼君が多かれ少なかれ関わっているということをあたしが知るのは、まだ先の話である。

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