墓標
笹十三詩情
墓標
平明の空にある、夜と朝の汽水域を見つめる。その色を見て、詩人になれたらと思った。詩人になれたら、世界を美しく作り変えられる気がした。自由に雨を降らせるくらいできる気がした。
秋の台風の後、まだかすかに残っていた夏は、通り過ぎた嵐によって連れ去られてしまった。詩人になれば、夏を連れ去れるだろうか。夏を誘拐して、部屋の押入れに閉じ込めたら、永遠に夏を自分のものにできるだろうか。
そんな平凡な自分の詩情が、嫌いだった。
胸の産毛。
次第に筋肉質になっていく、腕。
黒い点が出てきた、へその下。
崩壊する。崩壊する。崩壊する。
僕が男であることが、気持ち悪い。夏休み前の、幼さが、永遠であればいいのに。生きていることが、気持ち悪い。
自分の誕生の瞬間を想像して、吐き気がする。命は尊いっていうことが、正義だとしても、人間を正義という言葉で語ったら、きっと自己矛盾で崩壊すると思う。産まれる前に、戻りたい。だから人が産まれてくることを奇跡と言うのなら、人を産むのも人で、奇跡とは人災のことかもしれない。
崩壊する。崩壊する。崩壊する。
圧縮袋に夏を入れて、一緒に圧縮されたら、過ぎ去っていった季節に戻れるだろうか。僕の体はスカートを履けるだろうか。
夏が通り過ぎて、僕の体が、幼い詩情から切り離されて行く。成熟していく。肉体が完成していく。でもそれは、完成だろうか。季節を堆積させていく墓標としての完成ではないのだろうか。秋が過ぎたら、僕はもっと完成された墓になる。墓になりたくない。墓になりたくない。お墓が完成してしまったら、僕は人間になってしまう。産まれる前の、うつろう季節に戻りたい。それでも、戻れないのなら、崩壊するしかない。
崩壊。崩壊。崩壊。
かみそりで、指の先を切ると、それでも僕の血は赤かった。
濁流に捨て来し燃ゆる曼殊沙華あかきを何の生贄とせむ
寺山修司 『田園に死す』「犬神」より
墓標 笹十三詩情 @satomi-shijo
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