最終話 もう、聞こえない。
社会的にニュースなった今回の事件。
擁護する者、批判する者、様々だ。
愛とは何かを考えさせられるとして、道徳を問う者の界隈では、ひっきりなしに事件の話を題材に教えを説いている。
「はぁ。もううんざり。」
私は今、優斗のお葬式に来ている。
外にはマスコミの大群が待ち構えている。
こんな時でも話題性だけしか見ていない。
マスコミがマスゴミなんて言われる所以だろう。
「麻衣ちゃん。来てくれてありがとね。」
「ううん。優斗は大事な親友だもん。」
優実さんの言葉に私はそう返すと、優実さんは私を抱きしめた。
人間というは不思議だ。
見返りの求めない優しさに触れると自然と涙が溢れてくる。
「優実さん。ありがとう。」
私はお焼香し、優斗の顔を覗く。
なんて優しい顔をしているんだと驚いた。
こんなに優しい顔をした殺人者はいるのだろうか。
家族席には創一さん、優実さん。
そして、楓の姿があった。
事件の後、創一さんと優実さんが身寄りのない楓を養子として迎え入れたそうだ。
相変わらず優しい家族だ。
外の騒がしさはそのままに葬儀は終わった。
そこには身を寄せ合う3人。
みんな疲れ果てた顔をしている。
「楓。大変だったね。」
「ううん。大丈夫。」
一晩にして家族が亡くなり、最愛の人は自殺。
なのに『大丈夫』なんて言葉が出てくるのだろうか。
少しくらい感情的になってもいいじゃないか。
想像を遥かに超えて冷静な楓に私は違和感を覚えた。
私は今までのことを思い返してみた。
最初は嫌いで連絡先も教えたがらなかった楓が何故、急に連絡先を教えたのだろう。
そして、2人は恋に落ち、愛し合い、今回の事件が起きた。
今、私の目の前では楓と優斗の家族は寄り添い、支え合っている。
まるで、本当の家族のように。
私はそんなことが走馬灯のように頭を巡ると嫌な考えが浮かんできてしまった。
こんな状況なのになんて嫌な女なのだろうと、自己嫌悪に陥った。
それを打ち消す為かのように、楓に優しさを投げかける。
「大丈夫って。こんなに酷いことが起きたのに。私には強がらなくていいよ!」
「麻衣。本当に大丈夫だよ。今は創一さんや優実さんが居る。それに麻衣だって居てくれる。」
そう楓は笑顔で返してくる。
なぜ、笑えるのか。
この場面で普通の人間に笑顔なんて作れるのか。
私はその違和感に飲み込まれそうになっていた。
「優実さん!創一さん!楓も!辛いことがあったら私も居るからね!」
そう3人に伝えて、私はその場を後にした。
私は去り際にふと振り返った。
そこには寄り添う3人の姿。
優斗のお葬式。
楓は一言も優斗の話をしてこなかった。
——優斗の声はもう、聞こえない。
もう、聞こえない。 永久 太々(ながひさ たた) @21012230
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