小道の犬

@Nabeshima_Goshaku

小道の犬

 夢の中で目を覚ますと、私は一匹の野良犬であった。

酒場の脇の小道に備えられたゴミ捨て場、それが私のねぐらだった。木枯らしは大路を我が物顔で走り抜けて行ったが、この狭い小道はあまりに窮屈な様子で入り込めずにいた。陽の光も街中をかんかんと照らしていたが、高い壁に囲まれたこの場所を覗き込む事はできなかった。それでここらの野良犬やドブネズミたちはこの小道に皆住んでいた。

その中でもこのゴミ捨て場はまるで天国のようだった。毎日同じ時間に酒場の親父が飯を運んできた。あいつは私達のことを心底厄介だと思っているようでよく迷惑だと言わんばかりの目つきで睨んだが、私達がたむろしているのが恐ろしいらしく、一度も出ていけと言われたことはなかった。あのような図体をしていてもあいつは私のことが怖いのだと私達は嘲笑った。そしてむき出しになった牙をお互いに褒めあった。その青龍刀のようなくすんだ輝きはなんでも貫き通す鋭さを示しているように思えた。

ある夕、いつものように腹をすかしておやじが来るのを待っていると、小道に一匹の見知らぬ野良犬が、無礼にも挨拶無しで入ってくるのが見えた。私達はすぐに立ち上がり、牙を剥き、背の毛を逆立てて低い声で唸ったが、見知らぬ野良犬はたじろぎもせず、ゆっくりとこちらに近づいてきた。私はこいつのように物事を甘く見ている奴が嫌いだった。ナメられていることに心底腹がたった。

それで、私はこの思い上がった野郎に現実を思い知らせてやろうと、脚に向かって思い切り噛み付いた。牙は野良犬の毛皮を貫き、肉に突き刺さった。血がこぼれ出るぬくもりも感じた。しかし、彼は声一つあげなかった。痛みをただそのままに受け入れ、私を哀れんだ。私には訳が分からなかった。なぜこいつは私を哀れんでいるのか。なぜ私をそんな目で見つめるのか。私はこの者が私自身よりも遥かに大きく強い者であることを知った。物事を甘く見ていたのは自分自身だったということに気がついた。途端に自らの行いが途方もなく間違っているということに気がつくと、取り返しのつかないことをしてしまったのではないかという思いに駆られ、ゆっくりと牙を抜いた。彼は傷のことなど意にも介さず、しゃがみこんで私の脚を舐めた。そしてひとしきり私の毛並みを綺麗にすると、私の目をじっと見て言った。

「私の可愛い子。もう怯えるのはおよしなさい。あなたの罪を赦します。」

その微笑みは、私にその言葉を真実だと思わせるのに十分だった。なんと器の大きな方なのだろう。なんと心の広い方なのだろう。私はその微笑みを見ると、なんだかとても泣き出してしまいそうな心持ちになった。彼は私の顔をそっと舐め、それから私の頬に優しく彼の頬を寄せた。それで、どういうわけかこの方は私をよく知っていて、それで愛してくれているのだとわかった。

私は彼に連れられて湖のほとりを歩いた。私は彼とともに道を歩いていることがとても誇らしかった。彼が私の隣を歩いてくれることが嬉しかった。彼は私が道に迷いそうになるたびに私に頬ずりをし、正しい道を教えてくれた。彼についていけば私の歩みにはもう間違いなど起こり得ないのだということが私にもわかった。私はふとキラキラしているのが気になって水面を覗き込んだ。魚が泳いでいるのでも見ようと思ったのだが、目に飛び込んだのは私自身の姿だった。私の毛皮は灰色の古絨毯のような毛並みで、そこにカビのような黒いぶちがついていた。なんともみすぼらしい姿だったが、私はそれが恥ずかしいと思わなかった。彼が頬ずりしてくださったことだけで、この絡み合う縮れた毛も豚のような鼻も、愛しく、輝いて見えた。彼がそうおっしゃってくれたからだ。

私は自分こそ誰よりも強く賢い、最も富んだ存在なのだと思っていた。誰にも頼ることはできないし、その必要さえもないと思いこんでいた。それが誤りであったことを私は知った。だが悲しくはない。むしろ喜びに満ち溢れていた。彼が私にそれを知らせてくれたからだ。彼がいつも私の傍を歩いてくださると知ったからだ。

私が彼の姿を探すと、彼はいつの間にか人の姿になってそこに立っていた。それで私は、きっと彼が私をあそこから救い出すために、愚かな私にもわかるように犬になり、犬の言葉で語りかけてくれたのだということがわかった。それが嬉しくて、私は少し泣いた。

夢から目が覚めて、私はあの方が救い主ご自身であったことに気がついた。そしてその愛に再び触れ、再び創られたことを覚え、なんとも言い表せない喜びを覚えた。ハレルヤ。救いと栄光と力とは、わたしたちの神のもの。

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