第8話 結論         8/8




 でたらめな女だとは思っていたが、まさか鉄骨を蹴りで曲げるとは思わなかった。

 まぁ、おかげで某女子高生だけは無事に解放されたわけだが。


「……まったくなぁ」


 様子を窺ってくると某女子高生が外に出ると同時に警察が到着。


 僕らはその後色々と面倒な取り調べを受けたりもしたが、幸いにして何事もなく事態は収束した。


 年度が変わって学校が始まって、全く変わらない日常が再開されても、僕は残り一年を切った受験という奴に向けて頑張る気など全くなく、ただ日々をだらだらと過ごしていた。


 某女子高生は見合いが上手くいったのかどうか、あれ以来口も聞いてこないので確認も取っていない。


 正直こちらもどうでもいい。


 何かの気まぐれであいつが恋人役に僕を選んだ理由はいつか聞きたいものだと思わなくもないが、あれ以来関わり合いを避けるというのならば望むものが僕からは得られないと遅まきながらに気づいたと言うことか。


 全く頭はいいくせにバカな奴だ。


 誰より優秀なことは認めるが、それ故の過剰な矜持と自負心が、明らかに自分自身というものへの客観を阻害している。


 だから自分が分からず墓穴を掘るのだ。


 まぁ、そこがからかう分には面白いのだが。


 あの一件以来からかうのも命がけではあるし、本人からの近づくな的な雰囲気もあって口も聞かない関係に成り下がりはしたが、それはそれで丁度いいのかも知れない。


 こう言っては何だがあの某女子高生との関わりがこれ以上深まるのはあまりいい気分ではなかった。


 なぜなら楽しいから。


 ただ現実を受け流し、死という結論に到達するまでフラットな人生を歩みたい僕にとって、それは明らかな邪魔でしかない。


 平穏のためには過剰な喜びも幸せも不必要だというのが持論だから。

 虫みたいに自動的に無感動にただ生きたいだけ。


 某女子高生との出会いはやはりその意味で余計だったのだろう。


 関わりが断たれてからとても平穏だ。


 しかしやはりそんな平穏など僕の意思とは無関係に長続きはしないと、存在自体あやふやな神様は決めてしまったようで。


「はぁ~。殺されるかな、僕」


 梅雨も明けて夏の日差しがまぶしい今日この頃。


 数ヶ月ぶりに古典的な方法で呼び出しをくらった僕。


 朝登校すると下駄箱に手紙が入っていた。


 アドレス知ってるんだから用があるならメールすればいいだろうに。

 まぁ、メールじゃこの味のある果たし状は認(したた)められないか。


 手紙は手紙と言うよりは文(ふみ)と言った方が正確で、達筆な筆文字で果たし状と書かれている。


 三つ折りにされた和紙の中には九十九折りにされた長い紙が入っていて、旧仮名遣いで日時と場所が記されていた。


 無視してあの某女子高生が憤慨する様を遠目から観察するのも楽しそうではあったが、数ヶ月ぶりの奇行に少なからず心が沸き立ったのもまた事実。


 結局その誘惑に勝てず、授業をさぼって屋上で青い空を見上げているわけだが。


「相変わらず間抜けな面だな劣悪なる元クラスメイト」


「日本語がおかしいぞ某女子高生。今もクラスメイトだろうが」


「劣悪だったのは元クラスメイトのお前だ。別に間違ってはいまい」


「なるほどなるほど確かにそれはそうなのかもな。それでだったら今はどんな称号をいただけるって言うんだ? 熱烈なるラブレターなど寄越して愛するとか、あり得ない冠でもつけてくれるというのか某女子高生」


「この陽気に当てられでもしたか、最悪なるクラスメイト。それともついに狂ったか?」


「よりによって最悪ですか。ああ、そりゃ何とも」


「お似合いだろう? 格が上がって良かったな。絶対値では確実に前より私の評価は上がっているぞ」


「ベクトルが負の方向を向いているような気がするのが素敵ですなぁ。そう言うお前は某女子高生のままだが」


「当たり前だ。私のような完結した存在が微塵でも変化するものか。貴様のような最悪の語彙でつけられる名称など、如何にも無価値だが、それでもそれが変わるような事があるものか」


「それは僕に対する一定の評価か? まぁ、どうでもいいや。久しぶりに口聞く気になったようだが、結局何の用だよ? 某女子高生は皆勤賞を棒に振ってまでその最悪に何をしたかったって言うんだ?」


「宣戦布告だ。この数ヶ月、その下準備に忙しかった」


 某女子高生の口から漏れたのはとんでもないお言葉。

 恨まれる覚えは全くないのだが、一体僕が何を下というのだろう?


「ただの劣悪に留まっているなら目こぼしもしようと考えただろうが、お前のような最悪を放置しておくのは完全者たる私の沽券に関わる。お前を完膚無きまでに打ち破らなくては気が済まなくなった。何より何の奇跡か貴様またこの私にテストで勝ったな」


「実力テストの結果で戦争というなら別に構やしないが、口ぶりから察するに別の意図があるような気もするが……ふむ」


「……認めたくはないがな、私はお前に敗北したのだ」


「まぁ、テストなんて運みたいなもんだし」


「先に打ち砕かれたのは私の方だ。だが、それをそのまま放置しておく事など許されるはずもない」


「僕に勝負などと不毛なことを」


「だから、これは復讐だ。覚悟しておけ最悪なるクラスメイト。必ず貴様の口から私のことを愛していると言わせてやる!」


「復讐ってテスト如きで何をムキに……、っておい」


 顔を赤らめながら人のことを貫くように指さして、堂々と宣言した某女子高生の事を点になった目で見つめる。


「……む?」


 つまりなんだな、これは一体どういう状況だ? 果たし状で呼び出されて宣戦布告された内容が、愛していると言わせてやる?


 ああ、なんだ、つまりは――


「僕の事が好きだっていいたいのか?」


 素直に口にした瞬間ぶっ飛ばされるかと思ったが、某女子高生は顔を赤らめたまま俯いてしまった。


 まぁ、そんな女の子らしい仕草もほんの一瞬で――


「貴様! 私を愚弄する気か! 誰が貴様などに懸想するか!」


「いや、会話の流れからすると他にあり得ないような気がするんだが……」


 全く、何を言うかと思えば。


「ならばこれから、某女子高生は愛しの某女子高生に格上げしてやろう。感謝しろ」

「き、貴様は」


 恥じらいから怒りの赤へと赤面の意味合いが代わり始めたところで、僕はただいま受けたばかりの戦争で、早々に敗北宣言を言うことにする。


「毎度の事だが阿呆だな、愛しの某女子高生。やることが一々ずれていて見事なほどだ。もしかしてわざとやってるのか?」


「なんの話だ! 私はいつも完璧だ! 何が阿呆だ、阿呆は貴様の――」


「愛の宣戦布告は結構だが、残念ながら僕という国は布告以前に既に体制が崩壊している。仕掛けてきたところに誠に申し訳ないが、こちらには戦う戦力が一つたりとも残されていない。無血占領で終わって何よりだな、某女子高生」


「言葉の意味が分からないな。何を言って――」


「自分で用いた比喩を相手に使われると思考が追いつかないなど、それでも完璧を持論するのか愛しの某女子高生。ならばこの手の問題に極めてお馬鹿ちゃんな君にも分かるように、簡潔に結論を述べよう」


 少しばかりの虚勢と、僅かばかりの羞恥、そして圧倒的な幸福感を胸に紡ぎ出す言葉など一つ。


「僕は君が好きだ」


 事実上の敗北宣言。


 だが、再び羞恥に染まった愛しの某女子高生の顔があまりに素敵すぎるので、ここはダブルノックダウンと言う判定でもいいだろう。


 お互い目的も感性も目線も価値観も全く違う僕らだから、破綻はきっと直ぐ目の前。


 まぁ、それでも構わないか。


「オヤオヤ、この程度の揺さぶりで顔を赤らめているようでは先が思いやられるな。そんな体たらくで僕から愛してるなんて言葉を本気で引き出せるとでも?」


「――よく言った、最悪なるクラスメイト。伊達にここ数ヶ月準備していたわけではないんだ。二度と私から離れられなくした上で、容赦なく捨て去ってくれるから覚悟しろ」


 少しだけ踏み込んだ関係が、何処に終着するのかなど興味はない。


 それが破綻であれ消滅であれ、もっと別の形の何かであれ、今はそんなことなどどうでもいい。


「で、結局見合いの方はどうなったんだよ?」


 僅かばかりの気がかりは――


「ふん。あまりに俗なぼんぼんで興味の対象にもならなかった」


 そんな男前の言葉に払拭され――


「では、まぁ、何はともあれ先に一つだけやらなければならない事があると思うのだが、愛しの某女子高生の意見としてはどうかな?」


「奇遇だな、最悪なるクラスメイト。私もそう思っていたところだ」


 本来はとっくの昔に終えているはずのそんなことから――


「貴様の「お前の」名を名乗れ」


 僕たちは始めることにした。



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【完結】チェーンデスマッチ 焼砂ひあり @yakisuna_hiari

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