第15話 御刀、拝見 後編


 抜いた目釘を、ラディが膝の前に敷かれた手拭いの上に置く。

 次いで、とんとん、と手首を叩くと、刀身が浮いてくる。


「うん・・・」


 浮いた刀身を、少し無言でラディが見つめた後、懐から手拭いを出して手に巻き、刀身を柄からそっと引き抜いた。


「む」


 抜ききった所で、ぴたっとラディの手が止まった。

 皆の目がラディの顔に向く。


「ラディさん」


 カオルが恐る恐る声を掛けると、しゃらっと音を立てて鍔がラディの手に落ちる。

 目釘の隣に鍔を置き、鎺(はばき)を置いて並べ、ふ、と小さく息を吐いた。

 くる、と回して、銘が無いのを見て、小さく頷いた。


「無銘ですが、これはおそらくイエヨシです」


「あ・・・そうですか」


 期待を裏切られたのか、かくんとカオルの肩の力が抜けた。

 マサヒデがその様子を見て、


「ふふふ。カオルさん、何をがっくりしてるんです。

 抜かずに分かるくらい、雰囲気が違う名刀なんですよ」


「はい。いや、はい、そうです」


「期待させるような事を言って、申し訳ありません」


 と、ラディが頭を下げた。


「いえ、そんな。名刀であることには変わりないのですから」


 アルマダが腕を組んで、


「それで、何故イエヨシだと?」


「この茎の形です。

 ソウキンの作は殆ど残っていませんが、全て雉子腿(きじもも)です」


 と、茎の先を指差す。


「見ての通り、こちらは栗尻です。

 見つかっていなかった、雉子腿でないソウキンかもしれませんが・・・

 また、期待させるような事を言ってしまいましたけど」


 す、と刀を行灯に近付けると、行灯の光を鋭く、美しく反射する。

 見惚れるように、ラディの目が細くなる。


「しかし、それにしてもこの美しさ・・・

 優美さと鋭さの、調和されたこの冴えた姿を見て下さい。

 私は、カオルさんに、良く似合っている作だと感じます」


 ラディが手をほんの少し動かすたびに、きらり、きらりと鋭い光を反射する。

 行灯の光なのに、もっと強く反射して見えるほど、鋭く、美しい光。

 うむ、とマサヒデとアルマダが深く頷く。


「では・・・」


 鎺(はばき)、鍔・・・と順に綺麗に整え、柄に入れて目釘を差し込む。

 静かに納刀して、


「カオルさん。眼福でした」


 と、くるくると手拭いで巻いて、カオルに返さず自分の膝の上に置く。


「え?」


 カオルがラディを見ると、ラディはくい、と眼鏡を上げて、


「今夜一晩、お貸し頂けるとのお話でしたので、しかとお預かり致します」


「あっ!」


 カオルが忘れていた、という、驚いた顔で声を上げた。


「ははは!」


 マサヒデとアルマダが笑い声を上げた。

 ラディもにやっと笑って、


「念の為、お父様にも・・・

 あ、イマイさんも呼んで、見て頂きましょう。その方が確実です。

 本当にイエヨシなのか、私も自信がありませんので」


「ははは! 自分の目に自信がない人が、目利きなんかしちゃいけませんよ!」


「すっかり忘れてましたね! ははは!」


「目利きだなんて、とんでもない。只の鍛冶屋の小娘です」


 マサヒデとアルマダがげらげらと笑う。

 ふふん、とラディも笑う。

 元々そういう約束だったので、それは構わない。

 だが、こうも笑われるとさすがに腹に据えかねる。


(その大きさで小娘とは、良く言ったものだ!)


 言い返しそうになって、開きかけた口を閉じ、カオルはぐっと堪えた。

 それから、綺麗に手を付いて、頭を下げた。


「それでは、ご確認の程、よろしくお願いします」


 また、顔に出なかっただろうか。

 頭を下げて、ちら、とカオルの頭にそんな考えがよぎった。

 よし。ならばこちらも。


「イマイ様をお呼び頂けるのでしたら、こちらのモトカネもお持ち下さい。

 頂いた物はお見せする、との約束でしたので」


 すいっとモトカネをラディに差し出すと、にやにやしていたラディが驚く。


「それと、イマイ様にはカゲミツ様よりお言伝を預かっております。

 お伝え願いますでしょうか」


「あ、何でしょう」


 カオルが小さく頷き、


「蔵にはその程度の物は山になって転がっている。

 気になったら、いつでも来い。好きなだけ見せてやる、と」


 ぎょ、とラディが目を見開き、


「『その程度』!? 山に!? 好きなだけ!?」


 カオルは頷いて、


「確かに山積みになっておりました。

 私も特に山から探した訳ではなく、適当に長さの合う物を取ったのですが、抜いてみたらそれでして」


「て、適当に、ですか?」


「はい。最初に出したのはサダスケでして・・・

 これは、私にも一目で分かりました」


「ええ!? サダスケですか!? 何故、何故サダスケを選ばずに!?」


 カオルは驚いたラディを見て、面白そうに笑って肩をすくめ、


「いいええ、彫りがあったものですから。これは普段の手入れが大変だな、と。

 研ぎに出しても、時間が掛かるでしょうし? 嫌がられましょうし?」


「そ、そんな・・・」


「ふふふ。おかげで、そのイエヨシとモトカネに出会えたのです」


「む、む、む」


「どちらも、私の手にぴたりと馴染む作です。

 私は、鑑賞が目的で選んだ訳では御座いませんもので!」


「た、確かに、正しい選び方をしたと思います」


「ふふふ。ラディ様のお父上も、いつでもとお許しを得ておりましたね。

 イマイ様と3人でお出かけになってみては?」


「あ! そうでした! 明日にでも」


 ぱっと笑顔になったラディに、カオルが畳み掛けた。


「それにしても、あの魔力異常の洞窟には、鉱脈はあるのでしょうか。

 あの横穴、気になりますねえ。明日にでもおー」


「む」


「ラディさんは、明日は如何されます?

 『お父上とイマイ様は』! 折角のお許しがありますね。

 その2振のような作が山にと聞きましたら、きっと明日にでも・・・

 念の為ですが、お言伝は正しくお願いしますね。『その程度の物は山に』と」


「う、うう、う・・・」


 ラディの顔が真っ赤になって、どうしよう、どうしよう、と頭から湯気が出そうな程に考えている。

 マサヒデもアルマダも堪らなくなって、げらげらと笑い出した。

 障子が開いて、シズクとクレールも顔を覗かせる。


「どうしたの?」


「ははは! 今、カオルさんとラディさんが戦の真っ最中なんですよ!」


「ふふふ。マサヒデさんはどちらが勝ちと見ます?」


「カオルさんの王手で、ラディさんが詰み寸前ですかね。

 ま、簡単に逆転出来るんですが」


 がば! とラディがマサヒデの両肩を掴んで、顔をくっつけ、


「マサヒデさん! その一手とは!」


「うわあ!?」


 驚いてマサヒデが仰け反ると、さらにぐいぐいとラディが迫ってくる。


「こらー!」


 と、クレールがラディに駆け寄って、ラディの首に腕を巻き、ぐいぐい引っ張る。


「うぐぐ・・・」


「私のマサヒデ様に! そんなに顔を近付けてはいけません!」


「ぐ、ぐふ、ぐ」


「ははは!」


 アルマダが笑いながら、ぽんとマサヒデを押し倒し、ラディをくいっと押し離す。


「さあさあ、クレール様。そんなに引っ張っては、ホルニコヴァさんの首が締まってしまいますよ」


「あっ」


 クレールが腕を離すと、ラディが真っ赤な顔で「こてん」と転がった。


「ああー!」


 慌てて、シズクもアルマダも駆け寄った。

 皆が顔を覗き込むと、


「ううん・・・無念」


 ぶふ! とシズクが噴き出し、アルマダもくす、と笑った。

 ラディは気を失ってはいなかったが、残念そうな顔で、ぺたんと寝転がる。

 横でカオルが口に手を当てて、肩を震わせている。


「はあ、驚きましたよ」


 と、アルマダに倒されたマサヒデが起き上がり、


「ラディさん、そんなに焦らなくて良いじゃないですか。

 どうせ、お父上もイマイさんも、1日では見終わらないでしょう。

 次にどちらかが行くと言ったら、ついて行けば良いだけです」


「はっ!」


 がば! とラディが起き上がり、顔を覗き込んでいた皆がばっと顔を上げる。

 目を見開いてマサヒデを見ていたラディが、ぱん! と手を付いて頭を畳に擦り付け、


「マサヒデさん! ありがとうございます!」


「ぶっ!」


 とカオルが噴き出してしまった。


「くくく・・・私の勝ちですね!」


「ふふふ。カオルさん、これはやり過ぎですよ」


「ははは! 全く、女性は恐ろしいですね!」


 マサヒデとアルマダが笑い出すと、シズクが笑い出し、クレールも笑い出した。

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勇者祭 17 洞窟 牧野三河 @mitukawa

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