第14話 御刀、拝見 中編
刀を眺めていたのが思ったより長かったのか。
夢中になっていたせいか、もう部屋が薄暗いのに気付かなかった。
「そろそろ」
火を灯そう、と立ち上がりかけた時、障子の外の庭に風の巻き上がる音がした。
「む、マツさんですね」
「は・・・」
すぐ、さらりと障子が開いて、マツが顔を覗かせた。
「どうしました。暗いままで・・・」
はっ、とラディが真っ赤な顔をマツに向け、すぐ逸した。
マサヒデがぴたりとくっつくように、肩を並べて隣に座っている。
「やあ、お帰りなさい」
にこっとマサヒデがマツに笑顔を向ける。
「マサヒデ様?」
「今、カオルさんの刀を見てたんですよ」
「ふうん・・・」
薄暗い部屋。
真っ赤な顔をしたラディ。
ぴたりとくっついて座る2人。
マサヒデは笑顔だが、とてもそんな感じには見えない。
「そうしたら、そうしたら!」
たまらない、という風に、ぷっとマサヒデが噴き出した。
「ははは! マツさん、挨拶に行った時、覚えてますか!
ラディさん、失神しちゃったの思い出しちゃって! あははは!」
ばしばしと膝を叩いて笑うマサヒデ。
真っ赤な顔を、両手で覆うラディ。
2人の様子を見て、ちょっと疑ってしまったマツも口を押さえ、
「ぷっ!」
と噴き出した。
「マサヒデさん、やめて下さい」
ふん、と鼻を鳴らして、ラディが顔を染めたままぴっと背を伸ばして顔を上げ、眼鏡拭きを出して眼鏡を拭く。
「うふふ。そうでしたか!
薄暗い部屋で、ぴったりくっついて、ラディさんは顔を真っ赤にしちゃって。
全く、私、もう少しでマサヒデ様を燃やしてしまうかと」
障子の隙間から顔を引いて、くすくすとマツが笑う。
「おやおや。楽しそうじゃないですか」
さらりと障子が開いて、アルマダが入ってきた。
すっと座って、
「ふふふ。どうしたんです。また、女性に誤解されそうな事でもしたんですか」
「ははは! 違いますよ!」
つん、とラディが顔を逸らす。
「おやおや。ホルニコヴァさんはご立腹なようで」
そこに、玄関から台所に入って、カオルが茶を持って来た。
「お待たせしました」
と、マサヒデ達の前に、良く冷えた茶を並べ、さっと行灯に火を灯す。
くすくすとマツが笑いながら、
「では、私はもう一度行って、残った騎士様達をお連れしますから。
ラディさん。もうお気になさらず」
そう言って、くすっと笑ってから、飛んで行ってしまった。
開けられた障子から、シズクが口を開けて飛んで行ったマツを見送るのが見える。
「ふふふ。シズクさん、やはり飛ぶのは楽しかったですか」
「あっ」
と、呆けていたシズクが部屋の中のマサヒデに振り返って、
「ううん、凄かったね。私じゃあ、どんなに魔術を練習しても無理かな。
クレール様でも無理だったんだもんね・・・マツ様って、やっぱり凄いな」
隣に立っているクレールが、むっとシズクを見上げる。
「クレールさんも、今は無理だってだけですよ。
最近、魔術の腕がぐんぐん上達してるんですから」
むっとしたクレールに気付かず、シズクがのしっと縁側に上がってくる。
「そうだね。このままじゃあ、私、手も足も出なくなっちゃうなあ」
ふふん、とクレールの顔が変わって、機嫌が良くなったようだ。
「さ、クレール様もこちらへ」
カオルが促すと、シズクの言葉で少し機嫌を直したクレールも上がってくる。
座った2人の前にも茶が置かれ、ぐいっと皆が茶を飲み干した。
「ふう。人心地つきましたね。では、マツ様が戻るまで・・・」
と、アルマダが置かれたジョウサンに目を向ける。
こうして落ち着いた所で見ると、やはり空気が違う。
マサヒデ、カオルの目もジョウサンに向けられた。
アルマダはジョウサンを鋭く見つめながら、
「クレール様とシズクさんには、少し窮屈でしょうが、見ても構いませんか?」
シズクは隣に座ったクレールを見下ろし、
「んー・・・クレール様、私達、縁側に居ようか?」
「そうですね。私達は縁側に出ていましょうか」
と、縁側に戻る。
カオルもすっと立ち上がって、クレールの横に急須を置き、
「あの、こちらに茶が御座いますので・・・
申し訳も御座いませんが、私も見たいのですが、宜しいでしょうか」
「ええ、構いませんとも。うふふ。後でいくらでも見られるのに」
と、クレールがにやにや笑い、
「あーははは! そうだよ! あれ、カオルの刀じゃん!」
シズクもげらげら笑う。
カオルは、ちら、とシズクの方を見た後、クレールに頭を下げ、
「では」
と居間に戻り、すっと障子を閉めた。
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ラディの前に置かれたジョウサンの刀をじっと見つめる3人に、
「目釘抜を持って参ります。
こちら、生ぶ茎でして、そちらも見て頂きたく」
「え!? 生ぶ茎なんですか!?」
ぱ! とラディが驚いて顔を上げる。
「はい。少々お待ち下さいませ」
すー、と襖を開けて、カオルが出て行き、すぐに戻ってラディの横に座った。
目釘抜を渡し、そっと行灯を近付け、ラディの膝の前に綺麗な手拭いを置く。
「では」
と、ラディが手拭いを広げ、端に目釘抜を置いた。
ぴん、と部屋の空気が張り詰める。
ラディがジョウサンを手に取り、くい、と鯉口を切って、すー、と静かに抜く。
「ううむ・・・」
行灯の明かりに照らされたジョウサンを見て、アルマダが唸り声を上げる。
薄暗い部屋で、行灯の明かりに照らされて見ると、一層迫力が増す。
皆の目が、じっとジョウサンに注がれる。
しばらくして、す、とラディが左手を口の前に置き、
「これはカオルさんの見立通り、ジョウサン派の作でしょう。
私もそうだと思います。間違いなく」
こくん、と皆が頷く。
「・・・重要保管の登録には、間違いなく通るでしょう。
お父様と・・・念の為、イマイ様にもご確認をしてみたいのですが・・・
おそらくイエヨシ。もしかしたら・・・ソウキンかも」
「えっ!?」
カオルが驚いて声を上げた。
ジョウサン一派には優れた刀工が多いが、ソウキン、イエヨシと言えば代表格。
「この反り、腰の踏ん張り、趣のある姿、優美としか言いようのない地金に刃。
ソウキンである可能性は十分あります」
ジョウサン派のソウキンと言えば、国宝の三ヶ月ソウキンを打った刀匠。
まさか、そんな刀匠の刀が!?
「まさか! まさか、ソウキンだなんて!」
目を見開いて、カオルが膝を寄せる。
ラディが止めるように、きっ! とカオルに目を向ける。
「あ、これは、お見苦しい所を・・・」
「もしかして、です。
間違いなく古刀ですが、ソウキンにしては反りがやや浅い。
作りも、ソウキンにしては、随分としっかりしています。
ですので、私はイエヨシと見ました。
しかし、モトカネの例もありますから」
「な、なるほど」
アルマダも頷いて、
「さすがにソウキンとなれば、蔵に放り込まれていると言うのも考えづらい。
ホルニコヴァさんのお見立ての通り、イエヨシでは」
マサヒデはにやっと笑って、
「分かりませんよ。ただ、父上が気に食わなかったと言うだけで、ソウキンかも。
父上は、刀匠の名で刀を見ませんからね。
無銘でも、全然知られていない地方刀匠でも、良い物は良い。
例え有名刀匠でも、良くない物は良くない、です。
その中で、さらに自分に合ってるか、扱えるか、ですから」
ラディはこくりと頷いて、
「素晴らしい見方です。
我々は、どうしても刀匠の名で見てしまいがちです」
「父上は何度も『実戦』を重ねていますからね。
自然と、そういう見方になったのでしょう」
アルマダが深く頷き、
「なるほど・・・要は、自分合っているかどうか、ですか。
別に悪いから蔵に投げ入れてある、という訳ではない」
「勿論、そういうのもありますけどね。
何よりここを重く見ます、という所です。
ラディさんのお父上の作も、如何にも豪壮、頑丈なだけでなく、鋭く、斬れる。
これぞ正に実戦向き、そういう感じでしょう。
それでいて、あの美しさですからね」
「はい。私も、同じように感じました」
カオルが頷く。
「父上の好みにぴったりです。本物の名刀ですよ」
「ありがとうございます」
父の作を褒められたラディが、ほんの微かに口の端を上げたのが見えた。
そして、ラディは小さく頭を下げ、
「では、マツ様がお帰りになる前に、茎を拝見」
と、目釘抜を取った。
そして、目釘抜を近付けた所で「ぴた」と手を止め、
「イエヨシの作には、銘が切ってある物が多いです」
と、ぽつんと言った。
カオルは茎を見ているので、ごくっと喉を大きく鳴らした。
「あの、銘は・・・」
「無銘・・・でしたね」
「はい」
「・・・」
とんとん、と静かに、慎重にラディが目釘を抜く。
その小さな音が、部屋に静かに響く。
障子の外で、ちりん、と風鈴が鳴ったが、誰の耳にも聞こえない。
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