第二章 御刀、拝見
第13話 御刀、拝見 前編
ラディがカオルのモトカネを手に取って見始めてから、半刻。
緊張感が小屋の中を包んでいる。
「ん・・・むう・・・」
時折、小さく唸りながら、じっと刀を見ている。
クレールが声を掛けた時は「喋るな!」と怒鳴られた。
それで、クレールはもじもじしながら、見終わるのをずっと待っている。
カオルもラディの横にぴたりと並び、2人でモトカネを見ている。
「如何でしょうか」
カオルが口に手を当てて、囁くようにラディに尋ねる。
確かに、モトカネの特徴の、杉の木が並んだような刃紋はしっかりと出ている。
しかし、作りがモトカネとは違いすぎる。重ねも薄く、身幅も細く、正反対だ。
良い作であることは間違いない。
最初の予想通り、注文打ちかもしれない。
カゲミツもモトカネだと言っていた。
だが、本当にモトカネかどうか、カオルは少し不安を覚えていた。
「・・・」
ちら、と目をカオルに向けて、こくん、とラディが頷いた。
しばらくしてから、ラディは鞘を取って静かに納め、横のカオルに正対して、そっとカオルの手に返した。
「眼福でした」
手を付いて、すっとラディが頭を下げた。
「ラディさん。私、この刃紋は間違いなくモトカネだと思います。
例え贋作だとしても、かなりの作。実戦で使うのには十分だと思うのですが」
すー、とラディが頭を上げ、背筋を伸ばす。
小屋の中の緊張が解けると、大柄なラディがカオルの前で並んで正座している姿が、まるで大人が子供に説教をしているように見えてしまい、クレールが「くす」と小さく笑った。
「私が見た所ですが、贋作ではありません。間違いなく本物かと」
「やはり、注文打ちの類でしょうか?
モトカネにしては、細身すぎます」
ラディは少し顎を引いて頷き、
「おそらく。刃中の働き。この肌。並んだ杉の刃紋。
形こそ良くあるモトカネと違えど、他人に真似出来る物ではありません。
モトカネ程の刀匠です。普段と違う姿で打ち上げることなど、造作もないはず。
素晴らしい作ですが・・・」
ちら、とラディがマサヒデの方を見て、
「カオルさん。これ程の作が、蔵の中で山積みに放り込まれていたのですか?」
「はい」
カオルが頷くと、マサヒデとアルマダがにやっと笑った。
マサヒデが、ぽん、と音を立てて腰を叩くと、カオルもちらっとマサヒデを見た。
カオルは目で承知しました、と頷いて、
「こちらも、そのうちの1振です」
と、腰のジョウサンを鞘ごと引き抜き、すっとラディの前に出した。
「銘はありませんが、ジョウサンの一派の作ではないか、と」
「ジョウサン・・・失礼し」
恭しくラディがカオルの手の刀を受け取ろうと手を伸ばして、
「う?」
と、小さく声を上げた。
カオルが少し驚いて、
「何か」
「いえ。これは間違いなく名刀ですね。
やはり、何か普通と違う感じがします」
「やはりそうですか・・・私は抜くまで分かりませんでしたが」
眉を寄せるカオルに、
「蔵の中で、薄暗かったせいでしょう。
カオルさんであれば、分かりますよ」
と、マサヒデが声を掛けた。
カオルは、ホルニの刀も、抜かずに名刀だと見抜いて震えていたのだ。
ラディは手に持ったジョウサン派の作であろう刀を、まじまじと見つめてから、
「では」
と、縦に持ち直して鯉口を切って抜こうとしたが、
「ちょおっと待ったあー!」
寝転がったシズクが大声を上げた。
「わあ!?」
と、ラディが驚いて声を上げる。
皆も驚いて、シズクの方を見る。
「シズクさん、急に大声を出して・・・どうしました?」
「ねえ、マサちゃん。お弁当、食べちゃったけど、今日は一旦帰ろうよ。
まだ日も沈んでないし、今のうちに」
「何故です」
シズクは苦い顔をして、
「こんな緊張したままじゃ寝れないよおー。ね、クレール様?」
「うぇ!? え、ええ・・・と、まあ・・・はい」
気まずそうに、クレールが下を向く。
シズクはアルマダの方を向いて、
「ハワード様。騎士さんも、1人は留守居でしょ? 交代してあげたら?」
「まあ、それもやぶさかではありませんが」
「マツさんに、あの穴の事も早く報告した方が良いでしょ。
だから、まだ明るいうちに飛んで帰ろ。
皆、お風呂にも入りたいでしょ?
暗くなっちゃってマツさんが分からなくなったら、私はここで寝てても良いし」
シズクは、マツでないと、風の魔術で飛ぶことが出来ないから、一度戻ってマツを呼んでくるしかない。遅くなって暗くなり、分からなくなれば居残りだ。
「ふむ。皆さん、どうします」
皆は同意した顔だが、ラディ1人が手に持ったジョウサンを名残惜しそうに見る。
「ふふ。じゃあ、カオルさん。
そのジョウサン、今夜一晩、ラディさんにお預けすることは出来ますか?」
カオルはにこりと笑って、
「勿論ですとも」
「本当ですか!?」
ぱっとラディの顔が明るくなった。
「ええ。お父上にもご覧頂きたく」
「わあ!」
ラディが子供のような声を上げ、立ち上がった。
「なら、私も帰ります!」
「ははは! では、満場一致と言う事で。
じゃ、クレールさん、お願いします」
「はい!」
やはり、この緊張感が息苦しかったのだろう。
クレールも嬉しそうに立ち上がった。
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ばさばさと音を立て、風を巻いてクレールがマサヒデとラディを連れてきた。
居間の中から、マツが「あれ?」という顔で、マサヒデ達を見ている。
風で巻き上がった砂埃を、クレールがさーっと小さな風で流す。
マサヒデは軽く頭を下げ、
「どうも。今日は一度帰る事になりまして」
「あら。何かありましたか」
「ありましたが、まずは皆さんをお連れして下さいませんか。もう日が沈みます。
お話は、皆さんが帰って来てからしましょう」
「はい、分かりました」
さっとマツが立ち上がって、つっかけで庭に下りる。
マサヒデの前で、
「あの、何か危ない事ではありませんよね?」
「ええ。多分ですけど。
後で話しますから、皆さんをお連れしてもらえますか」
「分かりました。では行って参りますね」
ぱっと風を巻いて、マツが飛んで行った。
クレールも一緒に飛んで行く。
すぐに見えなくなった2人の方をしばらく見て、
「さ、ラディさん。上がりましょう。
帰るまで、そのジョウサンを好きなだけ眺めて下さい」
「はい」
ラディは左手で刀を抱きかかえたまま、器用に右手だけで眼鏡を掛け、
「マサヒデさん、少しお願いします」
と、マサヒデに刀を差し出す。
マサヒデが受け取ると、ラディは「ぱん、ぱん、ぱん」と念入りに埃を払って、着込みを脱いで、肩に掛けた銃を包んで縁側に置いた。
上がった所で、マサヒデが差し出した刀を受け取って、静かに障子を閉めた。
マサヒデも念入りに服を払い、着込みを脱いで、ラディが置いた着込みの隣に置いて上がる。
「ほう」
静かに障子を開けると、ラディがもうジョウサンを見ている。
手に持ったジョウサンを見て、思わずマサヒデも小さく声を出した。
無言でラディも頷く。
そっとラディの横に正座して座り、手に持ったジョウサンを一緒に眺める。
口の前に手を当て、
「見事ですね」
ラディはやはり無言のまま、小さく頷いた。
んん、と小さく喉から声を出し、マサヒデは腕を組んだ。
やはり、名刀は雰囲気が違う。
2人は並んで座ったまま、しばらくジョウサンを静かに鑑賞した。
そして、ラディは鞘に納め、隣のマサヒデの方に顔を向けた。
「あれ? もう良いんですか?」
ラディはマサヒデの問には答えず、
「これ程の作を、カゲミツ様は蔵に投げ入れているのですか」
「全部が全部、そうとは限らないでしょうけどね。
貴族の方々から土産に貰う物ですので、それなりの物はありますよ」
「なるほど」
「投げ入れているとは言っても、据物斬りとか、居合の稽古の時に使います。
年に何回か、門弟に手入れを教える時に、ついでに手入れもしています。
ふふ、まだ道場を出たばかりだと言うのに、懐かしく感じますね」
「ううん・・・これ程の作を・・・これ程の作を・・・」
と繰り返し、ラディはそっと畳の上に置いて、じっと見つめる。
「何故でしょうね。道場に居た頃は、こういう素晴らしい刀があったのに、こんなに惹かれる事はなかった」
マサヒデも見つめて、ふとカオルがこれを探す様を思い浮かべて笑った。
「ふふふ。カオルさんはあの刀の山を、必死に探したんでしょうね。
これはどうだ、あれはどうだって」
「一度、ご実家の蔵の刀を拝見したいものです」
「ははは! お父上と行ってみたらどうです。イマイさんもお連れして。
父上が唸ったあの刀を打った職人と、研いだ職人。
お二人も一緒なら、また魔神剣なんかも見せてくれるでしょう。
もしかしたら、注文なんかもあるかも」
「であれば是非、いや、必ずお伺い致します」
「ふふふ。父上もきっと喜びますよ」
ラディは魔神剣や月斗魔神を見せてもらった時の事を思い出し、少し顔を逸して、
「その、以前、お恥ずかしい所をお見せしまして・・・大丈夫でしょうか」
「ははは! 気を失ってしまった事ですか!」
ぽ、とラディの顔が赤くなる。
「大丈夫ですよ。あの父上ですから、からかわれる事はあるかもしれませんが」
「は」
真っ赤になったラディの顔を見て、くす、とマサヒデが笑った。
小さな笑い声も、すぐ隣に座っていては聞こえてしまう。
ラディは顔を逸したまま、頬に手を当てて目を瞑った。
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