第12話 洞窟を出て


 洞窟を出ると、外は夕焼けで赤く染まっていた。


 出口付近に来た所でシズクがマサヒデの方を向いて、


「何か懐かしい感じがするねえ」


「夕方だからですか?」


「うーん、ずっと暗い所に居たからかな?」


「ああ」


 言われると、急に懐かしい感じがしてくる。

 ふと西に落ちていく太陽を見て、なんとなく子供の頃を思い出した。


「何か、急に懐かしい感じがしてきましたよ。

 アルマダさん、道場に来た頃を覚えてますか?」


「え? ええ、そりゃあ勿論」


 アルマダが道場に来た頃は、同じ年頃の子供達の中でも、お世辞にも強いと言える腕ではなく、下から数えて5本の指に入ってしまう程度だった。それが、今はマサヒデを脅かす存在になっている。


「ふふふ」


「何です、その笑いは」


「いや、アルマダさんが来たばかりの頃は、下から数えた方が早かった。

 それが、今は私と肩を並べてしまって。

 のんびりしてたら、抜かされてしまいそうだ、と思いまして」


「ははは! マサヒデさんは女遊びが過ぎてるんですよ!」


「そうかもしれませんね。ふふふ」


「かもじゃなくて、そうなんですよ!

 あなたの周りは、女性ばかりじゃないですか! ははは!」


「別に、遊んでいる訳ではないんですけどね」


 シズクとカオルがにやにや笑っている。

 騎士達も、アルマダの少し後ろでにやにやしている。


「先程は見せつけてくれたじゃないですか」


 マサヒデもにやっと笑い返して、


「はて。何かありましたかね?

 さ、行きましょう。クレールさんが待っています」


 と、すたすたと歩き出した。



----------



 小屋の近くまで来ると、クレールがかちかちと火打ち石を叩いているのが見えた。

 慣れない作業で、中々火が着かないようだ。


「お待たせしました!」


 と、遠目からマサヒデが声を掛けると「あっ」とクレールが顔を上げた。

 立ち上がって、ぶんぶんと手を振り、


「お疲れ様でしたー!」


 と、満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。

 マサヒデ達がにこにこと近付いて行くと、


「奥の方はどうでしたか?」


 と、赤い瞳をきらきらさせて尋ねてきた。


「先程調べた所は、あまり複雑にはなっていませんでしたよ。

 奥の方はすごく広い穴、と言うか、広間みたいになってました。

 横穴がありましたけど、そこは入っていません」


「うわあ、広いんですか!?」


 マサヒデは頷いて、


「ええ。それはもう。観光名所になりそうですが、ちょっと問題というか」


「問題? 何かあったんですか?」


 ちょっと口をつぐんで、マサヒデ達は顔を見合わせる。


「奥の方に、すごく大きな穴があったんです。

 多分、あそこから地下に溜まった魔力が噴出したんだと思うのですが」


「大きい穴ですか? それは、落ちたら大変ですけど・・・」


「それが、ちょっと変わった穴でしてね」


「変わった穴?」


「ええ。私達では良く分からなくて、クレールさんなら分かるかな、と」


 良く分からない、という顔で、クレールがマサヒデの顔を見上げる。


「何があったか、順に説明しますね」


「はい」


「まず、穴の深さを調べようと思って、石を投げ込みました」


「はい」


「しばらく待ちましたが、いつまで経っても音がしませんでした。

 もしかしたら、下の方に水脈でもあって、石が撥ねる音がしなかったのか。

 そう思って、次は、シズクさんが一抱えもある岩を投げ込みました」


「はい」


「これまた、しばらく待っても音がしませんでした」


「よっぽど深い穴なんでしょうか?」


「そう思って、今度は松明を投げ込んでみました」


「はい」


「そうしたらですね、何かよく分からない事が起こったんですよ。

 カオルさんが縄を掴んで、穴の途中まで降りて見てたんですけど」


 ちら、とマサヒデがカオルに目を向ける。

 カオルが頷いて、


「クレール様、落ちていく松明が、途中で急に横に曲がってしまったのです。

 斜めに落ちて行ったのではなく、かくんと横に動きました。

 そして、穴の真ん中辺りで、松明は消えてしまいました」


「ええ?」


 ぽかん、とクレールが口を開ける。


「次に、皆様に穴の周りに離れて立ってもらって、松明を投げ込んだのです」


「そうしたら、どうなりました?」


「皆様の松明が、穴の真ん中に集まって、消えました」


「ええ!? 何ですか、それ!? 風ではなくて?」


 カオルは頷いて、


「風ではありません。

 落ちて行く松明が真横に流される程の強い風なら、かなりの音がするはず。

 そんな音はしませんでした」


「むーん、確かに・・・それは風ではないですね」


「穴の途中まで降りても、風は全く感じられませんでした。

 何かがぶつかったような音もなく」


「ううん・・・」


 クレールが腕を組んで、下を向いて考え出した。

 クレールにも分からないのだろうか?

 しばらくして、クレールが険しい顔を上げた。


「皆様が投げた松明が、こう穴の真ん中に集まったんですよね」


 こう、とクレールが両手の指先を合わせる。

 カオルが頷いて、


「はい」


「それ、魔力溜まりが出来たのだ、というのは間違いないと思うのですが、何の魔術が出来てしまっているのかが分かりません」


「クレール様、『魔力溜まり』とは?」


 クレールは洞窟を指差して、


「ああいう魔力が異常に高い所に、魔術の塊が出来てしまう現象なんです。

 滅多に見られない物なんですけど」


 皆が洞窟の方を振り向く。

 アルマダが眉をひそめ、


「ほう。それは危険な物ですか?」


「危険なものですが・・・

 例えば、火の魔力が充満している所なら、大きな火球が出来たりとか。

 カオルさんは、穴の途中まで降りても大丈夫だったんですね?」


「はい」


「皆様も、穴の近くまで寄っても、特に異常は感じられませんでした?」


「ええ」「何も」「分からなかったよ」「分かりませんでした」


 と、皆が返す。

 誰も、異常を感じられなかったようだ。

 クレールが肩の力を抜いて、


「じゃあ、深い所で出来たんでしょうね。

 穴に落ちたりしなければ、平気でしょう。

 でも、気になりますね。どんな魔術が出来てしまったんでしょう」


 うーん、と唸って、クレールが顎に手を当てて考え込む。

 少しして、マサヒデがはたと思い付き、


「そう言えば、ここに来る時、金の魔術って扱いが難しいとか、何か凄い物が出来るかも、とか話してましたよね。ほら、月斗魔神とか」


 ん? とクレールがマサヒデの方を向く。


「え? ええ」


「もしかして、金の魔術で変な物が出来ちゃったんじゃないですか?」


「うーん・・・どうでしょうか・・・」


 クレールは眉を寄せたまま、首を傾げる。

 金の魔術でこんな物が出来るだろうか?


「魔術って、魔の国では、もう千年以上も研究されてます。

 戦争が始まるより、ずっと前からなんですよ。

 こういう自然に出来てしまうような物なら、とっくに知られていると思うんです。

 確かに魔力異常の洞窟は珍しいです。

 でも、魔力溜まりは洞窟だけじゃありませんし」


 む、とアルマダが小さく手を挙げて、


「ちょっと待って下さい。洞窟だけではない?」


「ええ。強い魔力異常の地でも、たまに出来ますよ。

 だから、自然の魔力が強い魔の国の方面では、それほど珍しい物でもありません。

 ・・・というのもおかしいですけど。稀にしか出来ませんから」


「ふむ。つまり、強い魔力の異常があれば、どこでも出来てしまう?」


「そうです」


「では、出来てしまった魔力溜まりというのは、どう処理するのです?」


「反対の魔力を送れば、消えてしまいます」


「反対の魔力とは? 火は水に弱い、みたいな感じですか?」


「その通りです。土金木火水の順です。

 土は金に、金は木に、木は火に、火は水に、水は土に・・・

 このように、五行の魔力の種類で強い弱いがあるんです」


「では、今回の穴の中の異常な溜まりは、木の魔力を送れば消えてしまう?」


「そうです。でも、聞いたお話だと、随分大きな穴に出来てしまっているとか。

 私だけでは」


 何ともならない、と言いかけて、腰に付けてある魔剣を思い出した。

 これがあれば、魔力は送り放題。


「あ! これがありました!」


 と、腰の魔剣に手を掛ける。

 皆の目がクレールの腰の魔剣に注がれる。


「おお、それで」


 言いかけて、ぴた、とアルマダが口をつぐんだ。

 騎士達は皆、魔剣の事を知らない。

 あっ! とクレールも気まずい顔をして俯いた。

 サクマが2人の様子を見て、


「アルマダ様?」


 と声を掛けたが、


「む。いえ、何でもありません、サクマさん。

 この現象は珍しいようですし、まずはマツ様に見てもらいましょうか。

 マツ様であれば、消し去ってしまうことも出来るでしょう」


「む、ちょっと待って下さい」


 マサヒデが首を傾げながら、


「魔術が使えない洞窟の中で、どうやって魔力を送るんです」


「それでしたら、少し離れて魔力が送れる場所から・・・あっ」


 さー、とクレールの顔から血の気が引いていく。


「クレールさん? どうしました?」


「ここの魔力を消してしまったら・・・

 この、魔力異常が消えてしまいますね・・・」


「ただの暗い洞窟になってしまう、と」


 クレールが青い顔で、口を結んだまま頷く。

 マサヒデは笑いながら、


「という事は、観光名所にしておくには、放っておくしかありませんか。

 ははは! どうせ深い穴ですし、立入禁止にしておけば、それで良いでしょう。

 珍しい現象みたいですから、魔術師協会に売り込む事も出来るでしょう?」


 カオルが顔を輝かせ、


「おお、ご主人様! 素晴らしい案です!

 冒険者ギルド、商人ギルド、魔術師協会! 全て抱きかかえる事が可能に!

 魔の国の魔術研究者達からも、支援が期待出来るではありませんか!」


「ははは! クレールさん、良かったですね!」


 ぽん、とマサヒデはクレールの肩を軽く叩いて、


「じゃあ、弁当を食べたら休みましょうか。

 ラディさん、カオルさんの得物を好きなだけ見て下さい。

 ただし、明日に差し支えない程度にですよ」


 は! とラディが顔をほころばせて、


「あ、はい! 見ます!」


 と言って、ばたばたと小屋の中に駆け込んで行った。

 マサヒデはくすくす笑いながら、小屋で弁当の包みを開くラディの背中に、


「ラディさん! まずは皆が弁当を食べてからですよ!」


「皆さん! 早く! 急いで!」


 ラディが真剣な顔で振り返って大声を上げたので、皆が声を上げて笑い出した。

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